下北沢通信

中西理の下北沢通信

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渡辺源四郎商店第31回公演「背中から四十分」@下北沢ザ・スズナリ

渡辺源四郎商店第31回公演「背中から四十分」@下北沢ザ・スズナリ

作・演出:畑澤聖悟
出演:三上晴佳 斎藤歩(札幌座) 天明留理子(青年団
   山上由美子 佐藤宏之 工藤和嵯


<トリプルキャストの出演スケジュール>
一身上の都合により佐藤宏之の本作品への出演はなくなりました。楽しみにされていたお客様、申し訳ございません。
野島役はWキャストで、工藤和嵯、山上由美子が以下のスケジュールで出演いたします。
<青森公演>
4月19日(金)19時半①工藤和嵯
4月20日(土)15時②工藤和嵯/19時半③ 山上由美子
4月21日(日)15時④ 山上由美子

<東京公演>
※東京公演は、山上由美子が全ステージ出演します。

<シアターZOO企画公演(札幌公演)>
※シアターZOO企画公演(札幌公演)は、工藤和嵯が全ステージ出演します。

 
 弘前劇場時代の初演時(2004年)から見ているが、渡辺源四郎商店として再演(2006年)。今回はそれから13年が経過しての再再演となった。深夜にホテルにやってきて少し不審な宿泊客の男(斎藤歩)とそのホテルで働くこちらもちょっと訳ありに見えるマッサージ嬢(三上晴佳)による実質的な二人芝居*1である。
 当時、弘前劇場の看板女優で現在は青年団に所属している森内美由紀にあてがきしたような部分があり、畑澤聖悟が弘前劇場退団後に再演した際もやはり同劇団を退団していた森内を客演に招き上演した。今回の再演まで10年以上の年月がかかったのも現在の看板女優である三上晴佳がこの役にふさわしい年齢に自然に感じられるようになるのを待っての満を持しての再演だったかもしれない。
 相手役の男はこちらも初演は弘前劇場の看板男優、福士賢治が演じ、再演時には青年団の中心俳優、山内健司を招いた。上演時間のうちのほとんどの時間をベッドの上で横になってマッサージされているだけなのにそういうなかでの時折かかってくる電話などねわずかなセリフによってその男が置かれた状況や人柄なども示していかなければならない難役。手練れの俳優だけが、こなせる役柄だが今回は北海道の劇団「札幌座」から客演の斎藤歩が見事に演じた。
これまでの上演と比べて今回の上演を比べるとマッサージ師の女性の位置づけがかなり違ってみえた。実は「背中から四十分」は現代における心中物として近松門左衛門の「曽根崎心中」を下敷きに構想されたと以前作者である畑澤から聞いた記憶がある。それによると肌と肌を直に触れ合わせるというマッサージという行為を作品に取り入れたのは「曽根崎心中」において、心中を決意した徳兵衛が床の下に潜んで、お初の足首を素手でつかんで自分の喉もとに当てるというきわめて印象的な場面がある。これは明らかに「性的なもの」の隠喩表現といってもいいと思うが、「背中から四十分」のマッサージも直接に性的サービスを行うわけではないけれども、その背後には隠喩としての性的行為が暗示されている。というか、初演、再演でこのマッサージ師の役を演じた森内美由紀の演技からは明らかにそういう匂いが感じられた記憶がある。
 ところが今回この役を演じた三上晴佳の演技はどうもそういうことを志向しているようには思えない。役柄のベクトルが明らかに異なるのだ。今回感じられるのは性的なものではなく、肌と肌が触れ合うことで得られる癒しなのだ。
三上の体現するものは「聖痴愚」に代表されるような聖なる救いのように次第に見えてくる。彼女はここに登場する以前に明らかに自殺未遂のような行為を企てていると思われる。それがこの旅館のこの部屋で絶望にかられてここに呼び出した女と無理心中を敢行しようとしている男と出会い、自分でも出来ることがあると思い直し、この男を救おうとあるいは少なくとも死ぬまで一緒にいることで男の魂を救済したいと考える。三上の演技でこの舞台は初演、再演時のイメージとは変貌を遂げているように思われた。

*1:ホテルの受付と女将が登場するものの上記の二人だけが舞台に出続ける。