下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ニュートラル「その公園のベンチには魔法がかかっている」@音太小屋

 ニュートラ*1「その公園のベンチには魔法がかかっている」(音太小屋)を観劇。

 ■キャスト
   服部まひろ
   なかた茜(トランスパンダ)
   魔人ハンターミツルギ(超人予備校)
   西川さやか(月曜劇団)
   上原日呂(月曜劇団)
   平林之英(sunday)
   佐藤愛

 ■スタッフ
   作・演出:大沢秋生
   舞台監督:塚本修(CQ)
   照明:葛西健一
   音響:大西博樹
   舞台美術:ステファニー(劇光族)
   宣伝美術:シカタコウキ(クロムモリブデン

 ニュートラルは劇団ではなく、演出家、大沢秋生の個人プロデュースユニット。作者が書き下ろした台本はなく俳優と演出家の共同作業により、稽古場でのエチュードにより作り上げた芝居を脚本に落とし込み、その後はその台本をもとに芝居を磨き上げていくというユニークな方法論で90年代後半に会話劇の秀作を連続して上演し、注目を集めた。今回は3年ぶりの公演ということらしいが、直近の作品を私は見られなかったので、かなりひさしぶりのニュートラル観劇となった。
 プロデュース公演ゆえ、準レギュラー的に継続して出演した俳優はいても、公演ごとに出演俳優を集めるという形式をこのユニットはとるのだが、大沢自らがメガネにかなった俳優のみを厳選して選び、この人と一緒に舞台を作りたいという人だけを出演させるという基本スタンスは旗揚げ以来変わらないところで、今回はキャストに半分ぐらい知らない役者が含まれていることから、逆に「大沢が選ぶのだから、きっといい俳優なはず。どんな芝居をするのだろう」と期待を持って劇場に向かった。
 ただ、作風自体には若干の変化がでてきたようだ。90年代に見たニュートラルは脚本がもともとはないという意味では変則的ではありながら、その基本的な方向性は登場人物の微妙な関係性をその会話のなかから浮かび上がらせていく会話劇だったのだが、大沢自身がこのところ演出補としてクロムモリブデンにかかわっていたことも関係したのか*2、平林之英(sunday)のよるウクレレの生演奏や佐藤愛の歌など音楽劇の要素を含み端的に言って会話劇とは言いかねる要素をふんだんに含むものとなっている。
 「その公園のベンチには魔法がかかっている」の表題どおりにリアルな芝居というよりは現代のファンタジーを志向したようなところがあって、登場人物もリアルというよりは漫画的。テーマとしてはドメスティック・バイオレンス(DV)という現代の病症を扱っているのではあるが、それを正面からシリアスに取り扱うというわけではなくて、DVを受けていたことが分かる主婦役の服部まひろの周囲に2組のグループを配して、その片方が組長と呼ばれている若い女性(西川さやか)とそれを守る2人の男(魔人ハンターミツルギ、上原日呂)でこの3人は終始コント風の掛け合いを続けているのだが、これは明らかに「セーラー服と機関銃」(しかも薬師丸ひろ子バージョン)を下敷きにしている。
 もう片方は浮浪者風の男女2人(平林之英、佐藤愛)なのだが、これも現実の人物とはいいがたい。平林は口がきけないという設定で終始せりふがなく、かわりにボディラングエッジと音楽によって会話して、舞台上ではそれを佐藤がフォローするという役回り。童話に登場するような人物めいていて、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」やヴィム・ヴェンダースの「ベルリン・天使の詩」に登場する天使のようなイメージなのである。
 役者では初めて見た女優なのだが、服部まひろがよかった。冒頭の場面で鼻の下に鼻血までつけて、血だらけのエプロンで無表情にすわっているのが印象的。これがDVをされていた主婦でそれが偶然そこを通りかかった若い女に拾われるところからこの芝居ははじまる。おそらく、今回の舞台は大沢のなかでこの人あっての企画だったんじゃないかとさえ思わせる。上のフライヤーの写真がそうなのだが、ここでは若くて溌剌としているような感じなのにこの舞台では全然感じが違う。
 終始、無表情ないし中盤以降少し表情が出てきても「生きていてすいません」みたいな雰囲気で、いかにも薄幸な感じなのだが、ほかの芝居で見てみないと判断できないところもあるのだが、この写真では全然薄幸そうじゃないから、ここで受けた印象は役作りのたまものなのだろう。ただ、全体としてリアルな人物がいない中で、この人だけはきわめてリアルで、それゆえこの芝居のなかでははっきりとすべてが語られるわけじゃないけれど、この人物が受けてきた過去のつらい経験が説得力をもって舞台を見ている観客の胸に迫ってくる。
 つまり、この舞台は季節こそクリスマスっていうわけじゃないけれど、つらい思いをして心に深い傷を抱え絶望していた若い女性が偶然公園で不思議な人たちと出会って、そこでちょこっとだけ救われるという「小さな奇跡」というクリスマスストーリーのような構造を持っているわけなのだ。
 もっともこれが彼女にとっての根本的な問題の解決になるわけではないし、最後には結局彼女が自分の力で自立していくしかないというシビアな視線を大沢は忘れてはいなくて、そこのところがこの芝居が単なる甘いファンタジーではなくて苦味ももっているところなのだけれど、この「ちょこっとだけ」というのがこの芝居のミソなんだと思う。
 活動を休止していたニュートラルだが、この後にはすぐ3月にいまや関西を代表する女優といっても過言ではない川田陽子を迎えての二人芝居「月夜にようこそ」 @カラビンカ(大阪梅田)も控えており、こちらはより一層濃密な世界が展開されそう。今から楽しみである。    
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*1:http://blog.livedoor.jp/neutral_jp/

*2:誤解を避けるために指摘しておくと、だからといってこの作品がクロムモリブデンと似ているということはいっさいない