構成・振付・照明・美術・衣装・選曲: 勅使川原三郎
勅使川原三郎 連続公演
『白痴』(ドストエフスキー原作)
キャスト
勅使川原三郎 佐東利穂子 鰐川枝里
照明技術: 清水裕樹(ハロ) / 音響技術: 三森啓弘(サウンドマン)/ 舞台監督: 西村竜也(シアターX)
勅使川原三郎は3年前から荻窪にアトリエ兼けいこ場「KARAS APPARATUS (カラス アパラタス)」で連続公演として実施している「アップデイトダンス No.36」として今年6月に上演されたものの再演である。ドストエフスキーの小説「白痴」を下敷きとしたものであるが、以前にポーランドの作家ブルーノ・シュルツの短編集をダンス作品にした時のように言語テキストの一部をナレーションとして流したり、小説の筋立てを追うというようなことはいっさいなく、原作の「白痴」(特に登場人物であるムイシュキンとナスターシャ)のイメージをもとにシーンをスケッチ風に自由に構成している。
音楽もチャイコフスキーのラリーナ・ワルツやショスタコーヴィッチの「ジャズ組曲」などロシアが想起されるようなクラシック系の楽曲を数曲用いており、何もない舞台上の空間に濃厚なドストエフスキーの世界を生み出そうと工夫している。勅使川原三郎の振付ではバレエなどと異なりダンサー同士が接触するということはかなり厳しく回避されていて、それは具象的というよりは抽象的な表現をとってはいても男女の関係性が主モチーフとなっていることは強く感じられる「白痴」でさえも、勅使川原(ムイシュキン)と佐東利穂子(ナスターシャ)が触れあうということはない。その代わりには冒頭近くの舞踏会が連想される場面では白い衣装に黒い上着を着たムイシュキンと黒のドレスのナターシャがどちらも音楽に合わせて動き回りながら旋回するような動きをみせ、通常の社交ダンスやバレエのように互いに手を取り合ってというようなことはないのだけれど、動きは時にシンクロして、ユニゾンになるような時間もあったりして、それで互いに惹かれ合う2人の感情が暗示される。
暗闇の中から顔だけが浮かび上がる最初の場面といい、劇的効果にあふれた照明つかいをしているのも舞台「白痴」の特色であり、その闇からやがて明るい世界に変わっていき、それが黒いネズミが登場する場面あたりから再び闇の世界の侵食がはじまり、最後に世界は再び闇に閉ざされる。物語を筋として追う*1のではなく、「白痴」の暗闇から脱出し、ナターシャと出会うが再び闇の中に沈んでいくという主人公であるムイシュキン公爵の心象風景に寄り添って作品を構成したのではないかと考えた。
*1:そもそもそんなことはわずか1時間のダンス作品では不可能だ