下北沢通信

中西理の下北沢通信

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2016年ダンスベストアクト

 2016年ダンスベストアクト*1*2*3 *4 *5 *6 *7 *8を掲載することにした。皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2016年ダンスベストアクト
1,勅使川原三郎カラス・アパラタス「アップデイトダンス」シリーズ荻窪・カラス・アパラタススタジオ
2,lal bonshes「ペッピライカの雪がすみ」@こまばアゴラ劇場
3,東京ELECTROCKSTAIRS「前と後ろと誰かとえん」吉祥寺シアター
4,KIKIKIKIKIKI「夜の歌」@京都・アトリエ劇研
5,北村明子「cross Transit」三軒茶屋・シアタートラム*9
6,大橋可也&ダンサーズ「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」@アースプラスギャラリー
7,モノクローム・サーカス「TROPE3.0」@新宿P3 art and environment
8,頭と口「WHITEST」@横浜・神奈川芸術劇場(KAAT)
9,カンパニーデラシネラ「ロミオとジュリエット@池袋・東京芸術劇場
10,飯田茂美「東風ふくなか、ちいさい星」@両国・シアターX(カイ)

 勅使川原三郎の充実ぶりが際立った2016年のダンスだった。勅使川原は3年前から荻窪にアトリエ兼けいこ場「KARAS APPARATUS (カラス アパラタス)」を開設して以来、アトリエ公演として「アップデイトダンス」シリーズを上演している。振付家としてだけではなく、美術家としての空間造形にも定評のある勅使川原ではあるが、このアトリエ公演では闇と光と音(音楽)だけで構築された狭い空間の中に身体を置き、僚友ともいえる佐東利穂子とともに濃密で純度の高いダンスの具現に取り組んできた。そのなかで今年は詳細は下記のラインナップを参照してもらいたいが、シューベルトに挑んだ「ダンスソナタ 幻想 シューベルト」にはじまり、ドストエフスキーの「白痴」、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、宮沢賢治の「春と修羅」、ドビュッシーマラルメニジンスキーらへのオマージュをこめた「牧神の午後への前奏曲」など各芸術分野の古典といってもいい作品の舞踊作品化に真正面から取り組んだ。

No.29『ダンスソナタ 幻想 シューベルト
2016年1月7日〜12日
No.30『青い目の男』原作ブルーノ シュルツ
2016年1月16日〜23日
No.31『静か』無音のダンス
2016年1月28日〜2月4日
No.32『米とりんご』
2016年2月12日〜2月22日
No.33『もう一回』
2016年4月11日〜4月19日
No.34『春と修羅宮沢賢治とダンス
2016年5月26日〜6月3日
No.35『トリスタンとイゾルデ
2016年6月8日〜6月16日
No.36『白痴』
2016年6月21日〜6月29日
No.37『夜』la nuit
2016年7月20日〜28日
No.38『牧神の午後』
2016年8月10日〜18日
No.39『米とりんご』
2016年9月11日〜19日
No.40『SHE』
2016年10月17日〜26日
No.41『AND』
2016年12月3日〜10日


 勅使川原三郎については現在も2000年初演の「Luminous」*10が最高傑作だと考えている。期待が大きいこともあってその後何度も見た舞台ではそのレベルの満足感を得られるということはなかった。だが、今年は「アップデイトダンス」シリーズに加えて、ジャズピアノ奏者山下洋輔と共演した芸劇dance 勅使川原三郎×山下洋輔 「up」や武満徹秋庭歌一具」で踊ったコンサートなど「Luminous」に肉薄する作品が続き、また共演者の佐東利穂子に刺激される形でダンサーとしても熟練だけではなく、全盛期の切れ味鋭い動きを取り戻すような若々しさも見せている。いまだに日本コンテンポラリーダンス界の第一線にあるということを見せた年であった。
 一方、KENTARO!!率いる東京ELECTROCKSTAIRSも集団としてのかつてない充実ぶりを見せた。それぞれのダンサーの個性が際立つ本公演ではもちろんだが、特筆すべきなのは個々の所属メンバーの個人としての活動の水準が高く、それがカンパニーとしての活動にもフィードバックされている好循環がうかがえることだ。
 ベストアクト2位に挙げた「ペッピライカの雪がすみ」の東京ELECTROCKSTAIRSの主要メンバーである横山彰乃によるダンスカンパニーlal bansheesの旗揚げ公演。単に音楽に合わせて群舞で踊るというようなありがちなものではなく、暗い森の中で何かよく分からない生き物たちが蠢いている、というような一種不可思議なイメージがあって個性的な世界観が色濃く出ているのが面白かった。5人のダンサーが出演しているのだが、日本のコンテンポラリーダンスで群舞の名手といえば横山の師匠のKENTARO!!、井手茂太黒田育世らの名前が思い浮かぶが、これほど自在にフォーメーションが変わる振り付けは見たことがない。狭い空間でありながら、上手に出入口のようなものを使って舞台に登場するダンサーの数をゼロから5人まで変化させ、その上で舞台上にいるダンサーをソロ、デュオ、トリオなど変えてみせる構成力も巧みであり、振付家としての才気を感じさせた。受賞は逃したがこの作品で今年が最後の開催となったトヨタコレオグラフィーアワードのファイナリストにも選出された。

トヨタコレオグラフィーアワード2016
  東京ELECTROCKSTAIRS「前と後ろと誰かとえん」@吉祥寺シアターは10月にDance New Air2016(スパイラルホール)にて上演したものを再構築、再演したものだが、Dance New Air2016バージョンが上演時間が短いながらもダンス的な要素に特化した濃密な作品であったのに対し、青年団の海津忠が引き続き参加したことで、KENTARO!!が彼の良さを引き出そうと新たに付け加えた部分が増えたことで、セリフの部分など演劇的趣向の強い公演となった。KENTARO!!は前年ぐらいから演劇公演も手がけるなど、そちらの方への興味に引き寄せられて今回のような作品になったとも思われるが、まだ方向性においてはダンスと演劇の統合を探究するのか、演劇は演劇、ダンスはダンスとして並行した活動を続けていくのかがまだまだ模索の時期ともいえそうだ。やはり、メンバーである高橋萌登も最近は海外コンペでの入賞歴なども受けて、横浜ダンスコレクションのファイナリストにノミネートされるなどソロでの活動が増えている。迷った揚げ句、他の作品との兼ね合いでベスト10からは漏れてしまったが、イデビアン・クルーの菅尾なぎさと共同制作した高橋萌登×菅尾なぎさ 単独デュオ公演「0o。」はオタク要素の強い作品でイデビアン・クルーとも東京ELECTROCKSTAIRSとも、あるいは菅尾が主宰するクリウィムバアニーとも、これまでに見た高橋のソロ作品ともまったく違うという意味で、今後も楽しみなコンビであった。
 もっとも単独の公演でのみ比較するということならばきたまりの振付・演出の「夜の歌」がベスト1だったかもしれない。きたまりは前年からマーラー交響曲全曲の舞踊作品化という壮大な試みをぶち上げスタートさせている。第1弾として昨年(2016年)1月に上演した「巨人」(残念ながら未見)*11に続き、マーラー交響曲第7番(「夜曲」あるいは「夜の歌」とも呼ばれている)に取り組んだ。今回もきたまり本人がソロで踊るAプログラムとKIKIKIKIKIKIのメンバーによる群舞Bプログラム(これには本人は出演しない)の2つのバージョンを製作し、連続上演した。

きたまり×マーラー「TITAN」 
 マーラーに振り付けたダンス作品といえばジョン・ノイマイヤーが「交響曲第3番ニ短調」全曲に振付けたものなども知られるが、一般に有名なのはモーリス・ベジャール振付による「アダージェット」「死が私に語りかけるもの」「さすらう若者の歌」「愛が私に語りかけるもの」などの作品群。特に「アダージェット」は映画「ベニスに死す」にも使われたマーラー交響曲 第5番 嬰ハ短調 第4楽章でベジャール振付版はジョルジュ・ドンやジル・ロマンという名ダンサーが好んで踊ったことでも知られている*12
とはいえ、ベジャールのものなどは一部の楽章を取り出してダンス作品としたものであり、全曲振付を全交響曲楽曲に対して行うなどという暴挙は前代未聞でおそらく世界でも初めての試みだろうと思う。
 ところが実際に作品を見てみるとこれが素晴らしかった。ソロダンスとは書いたがこの日はゲストダンサーとして三浦宏之が参加して一緒の舞台に立った。最初の部分はその三浦とのデュオともいえる構成で簡単な段取りは決めていても全体としては即興の要素の強い公演だったようで、きたまり自身はもともと舞踏出身であるということがよく感じ取れるような趣きで、裸体で床に横たわる冒頭部分に続く部分もゆったりとして重厚感のある音楽に合わせてゆっくりと動いていくような世界。これが音楽の曲調に合わせて後半に激変し、爆発的な躍動感と目力の強さで観客を一瞬にして魅了していく。東京ではまだまだ知られていないが、きたまりはダンサーとして現在日本のトップ級の力を持つとひさびさにそのダンスを見て確信した。
この作品の東京での上演予定はいまのところないけれど、1月には木ノ下歌舞伎の公演で「娘道成寺」(こまばアゴラ劇場1月13〜22日)を踊る予定であり、その公演は必見であろう。
 北村明子「cross Transit」は彼女がアジアのアーティストと作品を共同製作するプロジェクトの第2弾。インドネシアの音楽家、ダンサーと組んだ前回に対し今回は相手がカンボジアの写真家Kim Hak。その分、コラボレーションとはいえ、北村の色合いが前面に出た作品となった。全体の構成、ダンサーのクオリティーなど文句のつけようのない出来栄えではあるが、新鮮さという意味では2014年にベストアクト1位とした「To Belong / Suwung」には及ばなかったかもしれない。
 京都に拠点を置くモノクローム・サーカスは活動領域の広さからいえば日本を代表するダンスカンパニーといっていい。外部のアーティストとのコラブレーション的な共同製作にも積極的。継続的に関係を維持している相手に家具工房のgrafがあるが「TROPE3.0」はgraf代表の服部滋樹、モノクローム・サーカス坂本公成、元ダムタイプの音楽家、山中透の3者による「家具のダンス」である。
 コンタクト・インプロヴィゼーションの技法からダンス表現を開始した同カンパニーは次第に人と人のコンタクトにとどまらず「モノ」との関係をの探究を追い求め、机や椅子なども使った少人数のダンスの連作や建物を活用した作品などを創作、この「TROPE3.0」もそのひとつだが、ついには「人」「もの」「音楽」がある空間を共有し対等に関係し合うような作品を生み出した。この作品としては初めての東京公演。もう少し頻繁に東京にも来てほしいのだが……。
 
 

*1:2006年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20061229

*2:2007年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20080102

*3:2008年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20090111

*4:2009年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20091224

*5:2010年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20101229/p1

*6:2013年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20140102

*7:2014年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20150103/p1

*8:2015年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20160102

*9:北村明子「cross Transit」 http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20161002/p1

*10:初演後も何度か見ているが、特にEdinburgh International Festival2002の Play Houseでの上演は文句なく素晴らしかった。

*11:音楽家野村誠さんの感想 http://d.hatena.ne.jp/makotonomura/20160202

*12:ジル・ロマンのものは私も生で見たことがある。