下北沢通信

中西理の下北沢通信

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オフィスコットーネプロデュース 大竹野正典没後10年記念公演 第1弾 第16回OMS戯曲賞大賞作品「山の声 ーある登山者の追想」@Space早稲田

フィスコットーネプロデュース 大竹野正典没後10年記念公演 第1弾 第16回OMS戯曲賞大賞作品「山の声 ーある登山者の追想」@Space早稲田

2018年10月26日(金)~28日(日)
東京都 Space早稲田

作:大竹野正典
演出:綿貫凜
出演:杉木隆幸、山田百次


考えてみれば海難事故で物故した劇作家・演出家、大竹野正典の最後の演出作品を見たのがこの「山の声」の初演だった。終演後の宴席で大竹野がこのところ演劇を中断してまで登山に入れ込んでいたこと、そんな時に新田次郎の小説「孤高の人」のモデルになった戦前の登山家、加藤文太郎のことを知り、その後、加藤が自ら書き残した手記「単独行」の存在を知り、新田の小説での加藤、そして最後に一緒に遭難した岳友・吉田登美久への扱いが不当だったのではないかと憤りを覚え、それが演劇活動を再開しこの作品を上演することになった強いモチベーションになったと熱く語っていたのを昨日のように思い起こすことができる。あれからすでに10年近い歳月が経過しているわけだ。
 優れた劇作家であることは間違いないが、大竹野正典は自らの劇団であった「犬の事ム所」「くじら企画」ともに観客動員は限られたもので、一般への知名度は高い作家ではなかった。それが現在は東京でもその名を知る演劇ファンが増え、小さな劇場とはいえこの日も満員の観客を迎えたのは劇作家としての大竹野に惚れ込んだプロデューサー、綿貫凜によるところが大きい。いささか個人的なことになるが、大竹野の作品と出会ったのも1993年の「密会」で25年近くになるけれど、今回吉田役を演じた山田百次も彼が弘前劇場という劇団に新人として入団してきた20年以上前からの知遇であった。
山田百次は10年前に弘前劇場を退団して上京。当然、当時は無名の存在だったが、劇団野の上で劇作をスタート。その後、青年団の俳優、河村竜也とともに劇団「ホエイ」を結成。気鋭の劇作家として注目されるとともに俳優としても複数の劇団から相次ぎ声がかかる存在となっている。その意味では私にとっては弘前と関西という全く離れた場所でそれぞれ活動していた知人が「運命の邂逅」を今回果たしたわけで演劇というものの生み出す数奇な運命に感慨深いものがあった。とはいえ、これはあくまで個人的な感傷に過ぎない。
 具体的に実際の舞台を振り返ることにしたい。大竹野は無名の存在であり続けながら演劇活動を続けてきた自らのことを加藤文太郎と重ね合わせた部分があったのではないかと思う。これまで見た「山の声」の舞台でもそう思ったし、今回の上演を見ても「山の声」が加藤文太郎の評伝劇であるということには変わりはない。ただ、冒頭に書いた大竹野の作品への思いが、今回急に記憶の彼方から甦ったかのように思い起こされたのは山田百次の好演のよるところが大きい。そして、吉田本人の心情が語られる部分は限られてはいるけれど、この戯曲では作中の「単独行」の引用は加藤文太郎役ではなく、吉田役の俳優が語るという演出上の指定が戯曲にあり、山田百次の朴訥ながらも抑えた語り口調の説得力がこの舞台のクオリティーを高めたことは間違いないところ。それゆえ、加藤に託した部分も含めて吉田の存在感がこの舞台に奥行きを持たせた。もちろん、それもこれも主役の加藤役の杉木隆幸のペーソス溢れる演技があってこそなのだが。

単独行

単独行