下北沢通信

中西理の下北沢通信

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平田オリザ・演劇展vol.6青年団『コントロールオフィサー』@こまばアゴラ劇場

平田オリザ・演劇展vol.6 青年団『コントロールオフィサー』@こまばアゴラ劇場

『コントロールオフィサー』
「行ってきます。」「引っかかってこいよ、」
東京オリンピック予選の水泳会場。
試合後のドーピング検査室で尿が出るのを待っている男たちのどうしようもなく情けない物語。
*上演時間:約60分(予定) → 約30分

大竹直 海津忠 伊藤毅 島田桃依 尾﨑宇内 小寺悠介 中藤 奨 西村由花 藤瀬典子 宮部純子


舞台監督:河村竜也
舞台監督補佐:陳 彦君 鐘築 隼 
舞台美術:杉山 至 
照明:西本 彩 
音響・映像:櫻内憧海 
衣裳:正金 彩  
フライヤーデザイン:京 (kyo.designworks) 
制作:太田久美子 赤刎千久子 有上麻衣

 東京五輪水泳男子200メートル混合メドレー最終予選試合後のドーピング検査を描いた短編群像会話劇。もともと三重県を拠点とした劇団のために書き下ろしたものだが、平田オリザ演出での上演は今回が初めてだ。
 上演時間30分という短編だが、今回は当初それを60分に手直し、事実上の新作として上演する予定であった。ところが稽古の過程でそれを変更、原戯曲のまま30分の短編作品として青年団の新キャストで上演する方がこの作品はよりよくなると判断した。
 三重での上演がどのようなものであったかは見ていないため不明だが、短いながらも今回のキャストはそれぞれまるで最初から当て書きしたかのように適材適所を感じさせた。特に選手役を演じた 大竹直、海津忠、伊藤毅、中藤奨の4人はそれぞれ絶妙のキャスティングだった。
  平田オリザの作品は人物の出はけによる人物の様相の変化が巧みに関係性を提示していくのだが、そうした作劇を巧みに笑いに変容させていくのが「関係性の笑い」を得意とした玉田真也である。この舞台はワンシチュエーションで玉田より状況をよりシンプルなものにしているのだが、弟子筋にあたる玉田に負けず劣らず、笑いを生み出すここでの平田オリザの手つきは鮮やかだ。
  4人の選手は優勝した選手(大竹)、選外の選手だがまだ次の日に別種目でのチャンスを残す選手(海津)、予想外に五輪代表(3位)を獲得した若手(伊藤)、五輪メダル有力だったが4位(予選落ち)したベテラン選手(中藤)だが、この組み合わせが絶妙なうえにそれぞれのキャラが生きていた。特に能天気な性格の若手選手を演じた伊藤はまさに当たり役だが、こういう俳優がすべて劇団員でそろうところに今の青年団の劇団としての強みを感じた。
ドーピング検査では尿を実際に採取する時に待機している部屋から採取室に移動し、そこで尿サンプルを採取することになるわけだが、尿を採取するときに分量が足りないとまた待機の部屋に差し戻されてやり直しとなる。3位に入り五輪出場権を得た伊藤演じる若手選手は五輪出場権を逃したベテラン選手(中藤)の彼女だった女子選手と付き合い始めている。若手選手が尿採取室に入って待機部屋を出たのを見計らって、残された海津演じる選手はそのことをベテラン選手に伝える。ところが、その後、若手選手は尿の量が足りなくて、待機室に舞い戻ってきてしまう。この一連の出来事で観客が感じる気まずさはまさに演劇ならでは空気感であり、平田の作劇の巧みさを感じざるを得ない。
  と、ここまで書いてきて選手の名前を確認したいなと思い当日チラシを見て、「あっ」と驚かされた。大飯(中藤奨)、志賀(海津忠)、浜岡(大竹直)、泊(伊藤毅)……全部原子力発電所の名前じゃないか。五輪の選考会の話なの唐突に放射能汚染を恐れた米英選手団がボイコットするなんて話が出てくることには唐突感が否めなかったのだが、作品自体が原発とそれをコントロールするはずの原子力委員会の話なんだということが分かると納得がいった。
 とはいえ、そうなんだとすれば少し要素の呼応関係が弱いかもしれない。尿採取室に一度行ったけれど戻ってきてしまうというのは再稼動と対応しているのかもしれないと考え、チェックしてみたが、採尿がうまくいき検査を終えるのが浜岡(大竹直)だが、実際の原発では2014年の2月に現在稼働停止中の浜岡原子力発電所4号機の再稼働の審査を要請しているが地震津波の議論に時間がかかりいまのところ審査が終わる目途は立っていない。周辺自治からの反対も強く今回審査を申請した浜岡原子力発電所の3号機に関しても再稼働は厳しい状況だ。
 一方、大飯は3号炉、4号炉は再稼動中だ。志賀、泊はどちらもまだ点検中で、再稼動のメドはついていない。
 この「コントロールオフィサー」という作品でドーピングの尿検査が尿量不足で差し戻しになるのが、大飯(中藤)と泊(伊藤)で、五輪代表に選ばれているのが浜岡(大竹)と泊ということになるとどちらの意味においても、そのまま原発再稼動の現況に呼応するものにはどうもなっていないようだ。そういう意味ではドーピング検査と原発再稼動あるいはそれに向けての審査との相同関係はあまり合致してない感がある。安倍首相が東京五輪誘致の際に発言した福島第一原発についての「アンダーコントロール」という発言と五輪のドーピングのコントロールオフィサーを掛け合わせたアイデアと思われるが、少しもの足りないのも確かだ。