下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎(2回目)

青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎(2回目)

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青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」2回目の観劇である。2回見て初めて1回目は見落としていたことがいろいろあることに気が付いた。まず櫻内企画の主催者である櫻内憧海は音響・他:櫻内憧海(お布団) とクレジットされているのだが、プロデューサーとしての公演全体のプランニングは櫻内が担当しているということなのだろう。演出は橋本清(ブルーノプロデュース、y/n)となっているが、演出プランのどこまでを橋本が決め、それに櫻内がどの程度関与しているのかは今回コロナ対策で公演後俳優や演出家とは話ができないようなレギュレーションになっていたので、残念ながら知ることができなかったが、青年団若手自主企画で劇作家、演出家、俳優が企画を立ち上げることはあっても今回のような企画の立ち上げ方は珍しく、そこにも興味を惹かれた。
 別役実の「マッチ売りの少女」という作品を現代の作家がどのように受容したのかをネット上から調べてみた際にもっとも刺激的だったのが松田正隆による以下の文章*1であった。
 松田は「マッチ売りの少女」について以下のように書き始めている。

戯曲というものを知ったのはこの本があったからだろうし、今でも、私にとってきわめて重要な戯曲である。「マッチ売りの少女」の場合、舞台に老夫婦が現れて、そのあと、姉弟が入ってきたときに、内にいる人と外から来る人の違いが出るのだということが、ものすごいことに思えてならなかった。ひとまず、そのことがこの戯曲の最大の奇妙さである、と思った。舞台で戯曲を上演するということはこれほどまでの虚構を成立させることができる。そこにそれまで住んでいた人とそこにやって来る人の「差」がたちどころに出現し、なにかがなに食わぬ顔で始まるのである。そのことになによりも驚いたのだった。「家の中の人」も「外からの人」も同じように「舞台のそで」から現れているにもかかわらず、である。

 今回の上演では松田の指摘したこの戯曲における「内」と「外」についての構造の提示が大きな意味を提示していたのではないかと思う。少女はどこかの「外部」から突然ここにやってくる。そして、「市役所から来た」という女の言葉はあってもそれは具象的な場所ではないのかもしれない。
 通常は部屋の外から中に女が入ってくるという風に演じられるのが普通だが、今回の橋本清の演出では女は部屋を暗示する椅子や机のある場所には女は近づかない。
 松田はさらに次のように続ける。

ある役柄がリアルさをもって立ちあらわれるというより、この人はその人よりも内側もしくは外側の位置に「ある」という設定の確信がえられるということのほうがものすごいことだと思うのだ。なぜなら、そもそも舞台の上にはなにもないのだし、そのなにもないところから、まるで取り返しがつかないことであるかのように設定がうかんで来るというのはなにか奇跡的なことのように思える。そのような「事の起こり様」を経験する戯曲にはなかなか出会えない。

 ここで初めて、松田が別役実のことを彼が近年提唱する「出来事の演劇」の原点だと考えているのではないかというのが朧気ながら了解されてくるわけなのだが、今回の櫻内企画による上演もそうした考えに近いものが共有されているように思われた。

出来事はあった。それ(外)は現在(内)と断絶している。今を生きる私たちは、それを想起することでしか外部との関わりようの術がない、というのが演劇の、そして戯曲の条件である。

 このように松田は続ける。 櫻内企画「マッチ売りの少女」でもそれは同じで、今回はさらにその(外)に声だけの存在として弟を登場させる。女の語る言葉で老夫婦は一度は女のことをいまはいない自分たちの娘だと信じかけるが、彼らには男の子はいない。さらに(外)と書いたのはそういうことであり、同じ(外)でも明らかにそこには階層の違いがある。さらにいえば、そのさらに(外)にその存在が姉妹の口から語られるにすぎない幼い兄弟の存在もある。
前回観劇時の感想として「『マッチ売りの少女』を寓意として捉えるのではなくて、まず作者である別役実によって配置された老夫婦とその娘と名乗る女の三人の関係性が引き起こす構図が提示されていく」と書いたのはそういう構造のことなのだ。
 

出演

串尾一輝(グループ・野原)*
新田佑梨*
畠山 峻(people太、円盤に乗る派)
(*)=青年団

スタッフ

演出:橋本 清(ブルーノプロデュース、y/n)
音響・他:櫻内憧海(お布団) *
宣伝美術:得地弘基(お布団)
演出助手・当日運営:山下恵実(ひとごと。) *
制作:半澤裕彦 *
(*)=青年団

総合プロデューサー:平田オリザ
技術協力:大池容子(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

風の演劇:評伝別役実

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