下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

けやき坂46(日向坂46)公演「あゆみ」<チームカスタネット>@ニコニコ生放送

けやき坂46(日向坂46)公演「あゆみ」<チームカスタネット>@ニコニコ生放送

 柴幸男の「あゆみ」をけやき坂46のメンバーが演じた作品をニコニコ生放送による配信で見た。私は日向坂のファンではないので、誰が誰なのかまったく分からない状態で舞台を見始めることになったのだが、この作品に関してはそれがよい方向に働いたかもしれない。
2010年にあいちトリエンナーレで上演された「あゆみ 」をその年のベストアクトに選んでいるのだが、その時に年間ベストアクトで次のように書いた。

「あゆみ」は2008年にtoi presents 3rd「あゆみ」として初演されて以来、さまざまな形で再演をされてきた柴の代表作だが、今回はあいちトリエンナーレの祝祭ウイーク参加作品として地元のキャストをオーディションで集め上演し、大阪、岐阜と巡演した。「わが星」はセリフをラップ音楽にのせる音楽劇だったが、この「あゆみ」はまた違うスタイル。作品ごとにスタイルが変わるのがこの世代の特徴といえる。「あゆみ」では平田オリザの現代口語演劇風のセリフ回しを基調にしながらも、あゆみという名前の女性の一生を生まれてから死ぬまで、歩きながら演じる。この際に演技の受け渡しをするのがこの作品の仕掛けで、ひとりの人物があゆみを演じるのでがなく、複数の人間が演じることで観客の脳裏のそれぞれに想像力を喚起させ間テキスト的にいわばバーチャルな人物を立ち上がらせていく。
 「あゆみ」のもうひとつの特徴は舞台を歩くということが、生きるということ、そして本来不可視であるはずの時間の流れのメタファー(隠喩)となっていることだ。そして、あゆみの物語としては「初めの一歩」として赤ちゃんのあゆみが両親の前で歩いた場面から、子犬を拾った子供時代、先輩へのあこがれ、彼との出会い、結婚、出産、子供の成長、突然の母の死、娘の結婚……それぞれのエピソードは下手をするとステレオタイプとも思われかねないほど陳腐でもあるのだけれどここではむしろ陳腐ゆえの普遍性が前に述べた間テキスト姓と相まって、観客それぞれの記憶を呼び起こし、その心にさざ波を引き起こす。

 今回は柴幸男ではなくて、赤澤ムックが演出を手掛けているが、作品の構成や内容などで今回の公演に合わせての一部の変更はあるが、上記で書いた内容はほぼそのまま当てはまる。正直言って演技については玉石混交だが、この舞台はかならずしも演技の技術によって、子供に見せたり、老人に見せたりは不必要な演目なので、若いアイドルグループが演じるには適している。ただ、場面場面では演技が必要なところもあり、危篤を聞いて実家に向かう新幹線の中で電話で母親が亡くなったというのを知るという場面を演じたメンバーの演技は非常に印象的。名前は分からないのだけれど、女優としても有望かもと思わされた。
 ニコニコ生放送での配信では画面上に見た人の感想が流れるが、今回面白かったのは冒頭からしばらく、「分からない」「1%も理解できない」などの感想が続出していたこと。最近の演劇を見慣れた観客にとっては「あゆみ」はどちらかというと理解がしやすい演劇で、難解というよりは気軽に楽しめるものなので、そういうことを考えたことはあまりなかったが、そういう感想が複数出てきているということに演劇に慣れた観客とそれ以外との認識ギャップがあるんだということが可視化されたのが興味深かった。ただ、これはその時点のリアルタイムの感覚が反映されるからかもしれない。「あゆみ」はなにもない舞台で、複数の演者が次々とひとりの人物(あゆみ)とその周囲の人物(および犬)を演じ継いでいくためにそのルールが分かるまで人によって差が出てくるかもしれない。しかも想像力により関係性を自ら能動的にくみ取っていかなければいけない。
 面白かったのは途中の先輩を好きになったあゆみがミステリの本を借りるようになる場面。ままごとの「あゆみ」ではこの先輩は男性なのだが、アイドルは仮想世界でも恋愛禁止なのか(笑い)*1。このあこがれの人物が実は女性なのだということが、明かされ吃驚仰天させられたのだが、この再開のシーンで「先輩のことが好きだった」「それは分かっていた」と会話を交わしているので、あれは百合描写だったのねと改めて納得したのであった*2

<チームカスタネット
柿崎芽実影山優佳佐々木美玲高本彩花、金村美玖、河田陽菜、小坂菜緒富田鈴花丹生明里、濱岸ひより

www.bilibili.com

www.tbs.co.jp
simokitazawa.hatenablog.com

【伝説の舞台】舞台「あゆみ」どうなってんだよ集

*1:もちろん、その後に夫となる人との出会いはちゃんと描かれているので、そうじゃないのは確かなのだが。

*2:ひょっとしたら原作時点でもそういうことだったのかもと思いだしたが、それはうかつなことに想定外だったため、思い出せない。