下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ひなた旅行舎「蝶のやうな私の郷愁」@こまばアゴラ劇場

ひなた旅行舎「蝶のやうな私の郷愁」@こまばアゴラ劇場

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 マレビトの会*1松田正隆の静謐な会話劇「蝶のやうな私の郷愁」を劇団こふく劇場の永山智行が演出。松田は現在前衛的な演劇の旗手として知られているが、元来は地域語(主に長崎方言)を駆使した会話劇の名手で、平田オリザと並んで現代口語演劇とリードする存在であった。映画化もされた「紙屋悦子の青春」、岸田國士戯曲賞を受賞した「海と日傘」、演出の平田オリザとのコンビでさまざまな演劇賞を総なめした「月の岬」*2などがマレビトの会以前の会話劇時代の代表作だが、「蝶のやうな私の郷愁」もその頃*3を代表する作品といっていいだろう。松田正隆主宰の時空劇場の看板女優、内田淳子とMONOの土田英生のバージョンを伊丹アイホールで観劇した記憶があり、それは今でも鮮やかにイメージが蘇るような印象的な舞台であった。
 今回のひなた旅行舎による「蝶のやうな私の郷愁」は舞台美術、演出ともに以前に見た松田正隆演出のものとは異なるイメージの舞台だった。それというのは舞台はアパートの部屋をリアルに再現したものではなく、大洪水の被災地を連想させるように廃墟のような空間であり、そこに瓦礫のようにも思える大小いろんな大きさの矩形のオブジェが散乱しているのだが、舞台上ではそうしたものを日常で使用するいろんな道具に見立てることで進行していく。もともとは日常的なリアリズムを前提として作られた会話体の言語テキストはここでは写実から引き剝がされるように抽象化された後に観客それぞれの想像力により再構築されるわけだ。
 こうした抽象化された演技にはマレビトの会の演技メソッドを連想させるような部分もあるけれど、完全無対象演技であり、セリフ回しの調子もことさら抑揚がないことを強いられたようなマレビトの会と比べると現代口語演劇に近いところもあって、その現実との微妙な距離の取り方を面白く感じた。
 演出の永山智行は今回の舞台の演出において太田省吾「更地」、岸田國士紙風船」などの作品を意識した*4と作者である松田正隆を交えてのアフタートークで語ったが、夫婦同士の会話劇で途中で今ではない自分たちを演じあったりする場面が挿入されるところなどは見ていて「紙風船」のことを連想させられたのも確かで、前妻で亡くなっている今の妻の姉のことなどこの場所には直接登場しない人物の存在が二人の関係に影を落とすなど、洪水と二重重ねになるかのように死のイメージが舞台を覆い続けているのはきわめて松田正隆らしいと思った。ひとつ意外であったのは「蝶のやうな私の郷愁」について長崎水害に触発されてこの主題を選んだと過去に聞いたことがあり勘違いしていたが、この作品で描かれた舞台は長崎ではなく、関東のどこかであり、セリフも九州弁ではない。なぜだろうと考えてみたが、やはり長崎大水害の被害を背景にしていた「坂の上の家」「夏の砂の上」などの作品がこちらはいずれも長崎を舞台として長崎方言で書かれていたことから、記憶の一部混同があったかもしれない。そして戯曲と上演との距離感という意味ではセリフ自体に微細なリアルやニュアンスが含まれている方言を使用し今回のようには抽象化しにくいかもしれない。そういう意味で再び物語を持つ会話劇に回帰しはじめた現在の松田正隆が「月の岬」や「海と日傘」などの過去の方言を使った会話劇を今のマレビトの会の手法で演出したとするとどういう舞台になるのだろうかということもこの舞台を見てふと考えさせられた。

作:松田正隆 演出:永山智行(劇団こふく劇場)
出会ってしまったわたしたちの、永い旅の物語。
台風が近づくある夕方、そのアパートでは、男と女がいつもの暮らしを、いつまでも続けていた。雨が降り、風が吹き、二人はやがて何を見つけるのだろうか……
わたしたちは帰るべき場所を後にして、ひそやかにその相手と出会い、濃密な時間を過すだろう。
そうして、ひなた旅行舎のはじめての旅はつづく。
ひ 日髙啓介 な 永山智行 た 多田香織

KAKUTA の女優・多田香織の呼びかけに応じたFUKAIPRODUCE羽衣の俳優・日髙啓介と、
劇団こふく劇場の演出家・永山智行によって結成された演劇上演ユニットです。
それぞれの名前の頭文字をとって「ひなた」とし、また戯曲をガイドブックとして作品の世界を旅し上演する者たちの居る場所という意味をこめて「旅行舎」と名づけました。ふだんのそれぞれの所属劇団とは違うアプローチで濃密に作品をつくります。




出演
多田香織(KAKUTA) 日髙啓介(FUKAIPRODUCE羽衣)

スタッフ
舞台監督:河内哲二郎
照明:工藤真一(ユニークブレーン)
演出助手:矢田未来
宣伝写真:宇田川俊之
宣伝美術:多田香織
制作:髙橋知美(キューズリンク)
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:黒澤多生(アゴラ企画)
制作協力:曽根千智(アゴラ企画)

5月28日(金)19:30回
ゲスト:松田正隆(劇作家・演出家/マレビトの会代表)・大堀久美子(編集者・ライター)