下北沢通信

中西理の下北沢通信

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裏庭で見るミニマルな野外演劇。ウンゲツィーファ 持ち運び式演劇プロジェクト UL(ウルトラライト)演劇公演『トルアキ』@図鑑house(神奈川県大和市南林間)

ウンゲツィーファ 持ち運び式演劇プロジェクト UL(ウルトラライト)演劇公演『トルアキ』@図鑑house(神奈川県大和市南林間)

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相当昔のことになるが、京都アートコンプレックスという劇場が「PANPRESS(P.A.N.通信)」というフリーペーパーを発行していた時期があり、そこに毎号(隔月刊)舞台芸術のレビューを寄稿していたのだが、ある年のラインナップが維新派「さかしま」*1、Monochrome Circusの「収穫祭」*2、トリのマーク(仮)*3……などと続き最初は意識していなかったのにある時気が付いてみるとその年に取り上げた公演がすべて野外や建物の中庭などすべて劇場以外で上演された作品だったという年があった。
そして、分かったのはそれぞれの作品や集団にとってそうした公演を行うことには様々な異なる理由があるとは思うけれど、私はそういうものが好きなんだということである。現代美術でサイトスペシフィックアートなどと称せられるものもそうなのだが、私は現代美術などまで範囲を広げてもそういうコンセプトのものが好きなのだ。
そういう意味で神奈川県大和市という私の家(調布市)からはかなり遠隔な場所で行われたことではあったのだけれど、わざわざ予約してウンゲツィーファ 持ち運び式演劇プロジェクト UL(ウルトラライト)演劇公演『トルアキ』=写真上の2枚目=に出かけたのはそういう嗜好があったことが大きいかもしれない*4
 会場となったのは図鑑house(神奈川県大和市南林間)という会社の事務所の裏庭のような空間ではあるが、写真を見ていただければ分かるはずだが、ほぼ普通の民家の裏庭と区別はない。コロナ禍であまり作家とも会話を交わすことなく公演を後にしたので、今後彼らがどのような場所を選びこの企画を継続していくのかは分からないが、今回の公演を見た限りでは例えば「場所から発想する演劇」を標榜していたトリのマークや「漂流する演劇」を提唱していた一時期の維新派のように作品と場所の関係性は希薄であり、むしろ、演劇の立ち上げる虚構とリアルの二重性により興味の中心はあるのではないかと感じるため、場所はどこでもいいということかもしらない。ただ、このどこでもいいというのは演劇で常識とされていた公演時期のかなり前に劇場を予約し、スタッフと俳優のスケジュールも確保して稽古した後で上演するという従来当たり前とされてきたことが、このプロジェクトでは疑問を投げかけられている。
この作品の中ではコロナによる自粛で公演前日に中止に追い込まれた時の悔しさが登場人物である劇作家によって語られる。それだけではないかもしれないが、持ち運び式演劇プロジェクトが生まれた大きな契機としてはコロナによる相次ぐ公演中止の体験とそういうことがあるなかでも演劇の活動が継続していけるための方法を考え続けた果てに劇場以外の特に野外でのミニマルな規模での公演というアイデアに結びついていったのではないか。

とある出版社の事務所にて、文芸誌のコンクールに出す小説の打ち合わせをしている作家とパートナーと編集者。小説は実体験を元にした作品で、パートナーとのエピソードも出てくる。編集者は「コンクールで勝ち進む」という視点からエピソードの校正を提案する。作家がなんとなく書いた事柄の意味や用途について詳しく言及され、だんだん事実と創作の境目はあやふやになる。

作者はこのように作品のあらすじを表現しているが、作品としてもっとも面白いのは作者の体験を基にした小説のために編集者と作家が相談しあうというアイデアを通じて、ここでは小説(虚構)と実際の経験が重なり合うというメタ的な構造が随所に仕掛けられていて、しかもそれは演劇として我々観客の眼前に提示されるという高次の入れ子構造になっているということだ。さらに前述したように演劇の立ち上げる虚構とリアルの二重性は作品の進行にともないその境界線が次第に溶け合うようになり、何が現実で何が小説、あるいはその原作となった戯曲が混然一体となってしまうこと。
さらに言えばここに登場する劇作家は作者本人の私小説的な描写ではないにしてもこの劇作家の体験に脚本/演出の本橋龍の実体験が反映されていることも事実であろうと思われ、そこまで考えに入れると舞台は一見ストレートに見えるけれども入れ子構造はさらに複雑さをましたものとして立ち現れており、その表現は極めて実験的かつ刺激的なものと思われてくる。
実はこれまで行われてきた同種のアイデアもそうなのだが、この種のアイデアの最大の問題はプロセス自体をマネタライズしにくいことと、この行為自体から何らかの評価を得るためには演劇とか現代美術とかそういう既存の枠組みの中では得にくいということがあるかもしれない。きわめて豊穣な成果を挙げながらもトリのマークは継続的な活動が難しくなったし、「収穫祭」もダンス界からも美術界からも納得できるような評価は得られることなく終わった。ウンゲツィーファの持ち運び式演劇プロジェクトはコロナの時期を超えても継続的な成果を上げることができるのか。今後の展開も興味をもって見守っていきたい。

脚本/演出:本橋龍

出演:黒澤多生、豊島晴香、藤家矢麻刀、本橋龍

衣装:村上太

撮影/映像作成:上原愛
持ち運び式演劇プロジェクト

今までの演劇は重すぎました。なので、軽量化することにしました。UL (ウルトラライト)とは登山用語で、必要最小限の荷物で体力の消耗を抑えより遠くへ行くことを目指すスタイルのことです。演劇公演をバックパックに収め、色々な地に持ち運ぶ。上演を通して経験値を積み、より遠くへ行く。そういうことを目指すプロジェクトです。我々の演劇がいつか遠い異国の出逢うはずなかった人へ向けてひっそりと上演されることを夢見て。

UL演劇公演『トルアキ』のあらすじ

とある出版社の事務所にて、文芸誌のコンクールに出す小説の打ち合わせをしている作家とパートナーと編集者。小説は実体験を元にした作品で、パートナーとのエピソードも出てくる。編集者は「コンクールで勝ち進む」という視点からエピソードの校正を提案する。作家がなんとなく書いた事柄の意味や用途について詳しく言及され、だんだん事実と創作の境目はあやふやになる。

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:simokitazawa.hatenablog.com

*4:もちろん、さらなる前提としてはウンゲツィーファという若手集団に興味があるからというのはある。