下北沢通信

中西理の下北沢通信

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世田谷シルク二人芝居『カズオ』(脚本:永井 愛)@アトリエ春風舎

世田谷シルク二人芝居『カズオ』(脚本:永井 愛)@アトリエ春風舎


 1984年に二兎社により初演された『カズオ』*1(脚本:永井愛)を世田谷シルクの堀川炎と越谷真美 (劇団 山の手事情社​​)が再演した。永井愛の作品は近作を中心に何作かを見ている*2のだが、この作品の初演バージョンは見たことがなくて、私の知る永井作品の多くが群像会話劇を新劇的なリアルな演出、演技で上演されているのに対し、こういう作品もあったのかと驚かされた。
 とはいえ、初演の84年という上演時期を考えるとこれはいかにも80年代小劇場的な要素が濃厚な作品といってもいいだろう。出演は堀川炎と越谷真美のふたりだけで彼女らがそれぞれに少年やその両親、祖母など性別も年齢も違う多様な登場人物を次から次へと演じ分けていく。これは演者に相当以上のスキルがないとできないことで、これを演じる女優二人の達者な演技には感心させられ、それを存分に堪能することができた、
 最近の若手の演劇でも複数の人物をひとりで演じるような作品はなくもないが、現代演劇ではどちらというと例えば松田正隆のマレビトの会のように俳優が戯曲に対して余計なディレクションを付加しないで、受け取る側の想像力に委ねるような演じ方が主流となっているように思われる。
 演劇には実際に舞台上で見せるリアルな演技体と舞台上には実際にないものが観客に想像力を刺激することでイマジナリーに立ち上がってくる演技の両方の要素があるが、実はこの『カズオ』ではこの両方がひとつの舞台に共存しているのが特徴だ。
 最近はこういう舞台を見かける機会は少ないとまず感じたが、この舞台を見て80年代小劇場演劇感を感じて懐かしくなった。それは越谷真美が所属する劇団山の手事情社が現在のようないわゆる「語りの演劇」のスタイルを確立する前にエチュードにより創作されたシーンをつなぎ合わせた集団創作のスタイルをとっていた時やもっと典型的だったのは遊◎機械/全自動シアター*3高泉淳子が演じたキャラクターを彷彿とさせたからだ。
 女優が子供や男性をキャラクターとして演じていくというそれまでの欧米のリアリズム演劇にはなかった演技法を型として演じる手法を開発したのが80年代以降の日本の小劇場演劇のひとつのお家芸といってもよく、今回の演出・演技はそうしたスキルを縦横無尽に駆使しているようなところがあったからだ。
 ただ、『カズオ』が作品として独創的であるのはタイトルロールでこの作品の主役とも言えるカズオという人物が俳優が演じる人物という形ではこの舞台に一度も登場しないという構造にある。「登場しない」と書いたが実際はこの舞台のかなり多くの場面でカズオは舞台上にいるのだが、何役も演じる二人の女優のどちらもがカズオ役を演じることはないため、カズオは実際に演じられる作中人物の相手役としてのみこの舞台空間に存在するイマジナリー(想像上)な存在で、観客はそれがどんな人物でどんなビジュアルなのかを舞台上の俳優のリアクションの演技によってのみ観客の脳内に存在させられる。
 俳優が演じ分ける多くのキャラクターの氾濫によりこの舞台は進行していくが、そこには一点だけ真空があってそれがカズオなのであり、それがこの作品最大の発明と言ってもいい。

演出:堀川 炎
趣味がタップダンスの銀行支店長、塚ノ原の前に現れたのは、カズオという青年。
彼はホームに飛び込もうとした塚ノ原を助け、息子の家庭教師をし、妻と不倫して、一家に深くかかわっていく。出世、宗教、借金にママさんバレー。家族のいざこざに巻き込まれた息子は、とあることを思いつく。
84年に初演を迎えた永井愛作「カズオ」。昭和の雰囲気を漂わせた本作を、ぜひお楽しみください。

世田谷シルク
2007年立ち上げ。「くすっと笑えるアート」と称し、日常生活に突如入り込む奇妙な状況を、コミカルに描く作風。
身体を使った演劇であることから、俳優部には全員ダンサーを起用。
近年は「野外劇場」・「児童演劇」・「国際共同制作」を主軸とし、日本の伝統的人形「江戸糸あやつり人形」「八王子車人形」等を取り入れ、上演する機会も増えている。
また日本語を理解しない観客にもダイレクトに表現を伝える発想から、”サイレント演劇”という言葉に頼らない表現法を劇団独自で案出し、国際的発展を意識して取り組んでいる。


出演
越谷真美 (劇団 山の手事情社​​) 堀川 炎 (世田谷シルク)

スタッフ
舞台監督:海津 忠(青年団
照明:上田茉衣子(合同会社LICHT-ER)
音響プラン:吉田拓哉​​
音響オペレーター:佐々木玲奈
宣伝美術:金定和沙
制作:太田久美子(青年団

*1:

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:遊◎機械/全自動シアターの旗揚げが84年なので、これは二兎社が影響を受けたというのではない。