下北沢通信

中西理の下北沢通信

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谷本進一人芝居三部作上演『俳優病』@こまばアゴラ劇場

谷本進一人芝居三部作上演『俳優病』@こまばアゴラ劇場


静岡在住の俳優、谷本進による一人芝居3本立て。いずれも名古屋在住の劇作家・演出家、刈馬カオス(刈馬演劇設計社)が作・演出している。谷本は金杉忠男アソシエーツの出身で、自身が主宰する劇団「NEVER LOSE」では何度もこまばアゴラ劇場の舞台に立ったことがあるという縁もあり、2013年に静岡に帰り、俳優活動もやめて7年後の舞台復帰から2年を経過しての19年ぶりの東京での公演の劇場として所縁のあるこまばアゴラ劇場という場を選んだ。
 今回上演された3作品は「俳優病 ACT or DIE」(2020年)、「ドッグウエーブ」(2011年)、「36」(2008年)の3本。演劇表現としては別段どうこういう種類のものでもないと言わざるをえないが、この公演が面白いのはどことなく情けなくもあるその姿を含めて、そのひとの生きざまそのものがそのまま作品になっている感があることだ。演劇は戯曲とそれを演じている俳優の現前からできている。戯曲が表現しようとしているものとそれを表現する俳優の演技は独立していて切り分けることができるというのがチェルフィッチュあるいはマレビトの会などに代表されるような日本の現代演劇では常識となっているが、この「俳優病」はその作品とそれを演じているその人を現実を切り分けることが難しいような作りになっているところが面白い。
 冒頭で俳優、谷本進自身が登場して自分がなぜ、どういうような経緯があってこのこまばアゴラ劇場に立つことになったかを前説のように語り始めるのだが、「そもそも」ということになって医者に「俳優病」を宣告されて、「俳優をしないと死んでしまう」と告げられる。ここで面白く思ったのは前説と本編の間には明確な切れ目はなくて、この日の公演を見ただけではこれは前説ではなくてこの部分も本編の一部なのか、そうじゃないのかは分からないのだ。
 そもそもこの世の中には演劇をしないと死ぬという「俳優病」などというものは存在しないから、ここに虚構が介在することは間違いないのだが、そこから先のエピソードもコロナで復帰公演としようと考えていた公演が中止になり、以前に彼がやっていた一人芝居ならばコロナ禍でも活動が可能なのではないかと公演中止を決断した劇団の主宰者にアドバイスされ、以前作品を書き下ろしてもらっていた劇作家、刈馬カオスに電話をして新作執筆を依頼する場面など過去に現実にあったことが「入れ子状」に作品に入り込んでいる。
 つまり、この作品は中核に「俳優病」という虚構を配置することで、過去にあった出来事を本人が再現するというドキュメンタリーの要素を取り入れながらも、過去に起こった出来事の虚実がないまぜになって、切り分けることができないような構造になっている。そして、そのすべてを「俳優である谷本進」という生身の人間がつないでいる。谷本進ではない他の俳優が同じ役を演じていた場合を想像してみれば演劇作品としては割と普通の構造といえなくもない。あるいは谷本進が自分以外の役を演じる場合にも同じようなことが言える。
 「ドッグウエーブ」では谷本は犬の役を演じる。人間が犬役を演じることは演劇を見慣れない人には奇異に感じることかもしれないが、普通にそういうことはあるのでよくできた短編ではあるが観客はこちらがそれほど不思議に思うことはない。
 実は3本目の「36」でも谷本は自分自身を演じている。しかし「俳優病」のような不可思議な違和感はこちらはあまり感じない。2008年初演のこの作品はその特に自分自身と同じ36歳の谷本進が描かれているが、現時点では初演時との時間経過があり、50歳の谷本が36歳の谷本を演じることになっているからだ。同じ谷本でも36歳の谷本と50歳の谷本はもはや別の人格であり、「俳優病」で見たような自己言及的なパラドックスみたいなことはここでは起こっていない。

作・演出:刈馬カオス(刈馬演劇設計社)
谷本進。1972年静岡県出身。東京での劇団の活動休止を機に、一人芝居を開始。2008年初演の『36』を皮切りに、全国のライブハウスなどで300ステージ以上を敢行。2013年に故郷静岡に戻り、俳優活動を休止。そして2020年、7年ぶりの本格復帰公演として、最新作を加えた一人芝居三部作を一挙上演!
……せざるをえなくなった。「俳優病」に罹ってしまったために――。


谷本進
1972年静岡県出身。15歳よりバンド活動、児童劇団商業演劇での下積みを経験し、舞台芸術学院演劇部本科を卒業。金杉忠男アソシエーツを経て、自身が主宰する劇団「NEVER LOSE」を旗揚げ。一人芝居で全国の劇場、ライブハウス、野外フェスティバル、芸術祭などで300ステージ以上を敢行。劇場公開映画、ミュージックビデオ、ボストンとロードアイランド短編国際映画祭入選、国際Dシネマ映画祭映像作品賞受賞作などの映像作品にも多数出演。

出演
谷本進

スタッフ
舞台監督:柴田頼克(電光石火一発座/かすがい創造庫)
舞台美術:鈴木健
照明:岩城保
音響:椎名KANS(Garage Inc.)
制作:谷本進事務所
協力:team TANIMOTO