東京演劇アンサンブル「彼女たちの断片2025」@池袋あうるすぽっと
物語の範疇を安易に男女の性差で分けるのはあまりよくないと思うのだが、この「彼女たちの断片」のような切り口は男性の側からの見方では出てきにくい問題の取り上げ方ではないかと思い興味深く感じた。
いわゆるという言い方でいえば「妊娠中絶の問題」を取り扱った作品であり、その説明は間違ってはいないのだけれど、宗教や倫理的な面からの中絶の是非の議論がほとんど出てこないのが面白いし、いろんな意味で考えさせられた。
というのも、この問題が言説的にもっとも語られるのは米大統領選での討論をはじめとした米国での議論であって、日本でもこれまでは宗教的規範を道徳的な規範と置き換えたうえで、米国での議論を踏襲したような形での議論が行われてきたのではないかと思う。そういうことを先入観に置きながらこの舞台を見ていると次第に「あれ」「これはなにか違う」と感じ始め、最初は違和感があったのだ。というのは登場人物のうちの中心であるはずの多部の「わたし、中絶したことがあります」との告白モノローグからこの作品は始まり、それにかかわった女性たちのそれぞれの回想により物語は進行していく。
だが、そこでは中絶薬による中絶ということはすべての物語の前提として受け入れられていて、それゆえ、よくある胎児の命の尊重であるとか、それは殺人ではないかというような根本的に中絶という行為の是非を問うような議論はほとんどされない。そして、「産むべきか、産まざるべきか」の米国での議論のような紋切り型の問いがなされないなかでも、この妊娠中絶は様々な考え方を生み出す契機となりうるような経験なのだということがそのことに向き合うことになる複数の女性の回想により語られることになり、そのなかではうかつなことに私にはあまり思い至らないような知見も数多く含まれていることに気が付かされた。
登場人物のひとりの女性がこのように語る。本当に重要なのは産むか産まないかということではない。それを決める決定権が当事者である女性自身に委ねられ、自分自身の判断によりそれがなされたときにその判断が尊重されるかどうかということだ。
この舞台自体はそれぞれの登場人物の体験や考えが並行して語られる場であるだけにこの主張がそのままこの作品の主張であるという風にはなってないのだけど、この自己決定権の主張は私にはいままであまり深く考えたことはなかったけれど、ある程度以上に意味があり、説得性の高い議論であるという風に感じた。
ただ、私には実はこうした議論に全面的に賛同しかねぬとの思いも浮かんできた。この舞台ではそうは論じてないので、そういうことを考えることはあまりよいことではないのだが、この当事者の決定権の重視という問題はこれをそのまま広げていくと安楽死や尊厳死の問題、さらにさまざまな医学的な治療において出てくる問題など当事者の決定権にすべてが委ねられるという議論につながる可能性は否定できない。ある意味慎重な判断が必要な場面での違法行為の容認などにもつながりかねない議論ではないかとも考え始めたからだ。
実のところ、舞台を見終わってしばらく時間が経過した今の段階でもそのことは考え続けている。そうしたいろんな議論への気づきとなった意味では自分にとっては意味深い作品だった。
作/石原燃
演出/小森明子
音楽/国広和毅
舞台美術/香坂奈奈
衣裳/稲村朋子
照明/真壁知恵子
音響/川崎理沙・島猛
映像/三木元太
宣伝美術/ Judith Clay・奥秋圭
舞台監督/浅井純彦
制作/太田昭登場人物
静谷晶(44)グラフィックデザイナー
洪美玉天野ゆき(44)グラフィックデザイナー
原口久美子高崎涼(35)グラフィックデザイナー
永野愛理静谷葉子(70)日仏翻訳者 晶の母
志賀澤子天野みちる(20)大学生 天野の娘
林亜里子多部真紀(20)大学生 みちるの友だち
彦坂紗里奈水越まゆみ(52)喫茶店店員 葉子の友だち
奈須弘子2025.4.26(Sat)15:00 ルネこだいら・中ホール
2025.5.16(Fri)-18(Sun) あうるすぽっと
5.16(Fri) 19:00
5.17(Sat) 14:00・19:00
5.18(Sun)14:00前売一般 4300円
前売U30 3000円
前売ペア 8000円 劇団事務所でのみ扱い
当日 4800円TEL048-423-2521
ticket@tee.co.jp