下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

東京デスロック「ハッピーな日々」@横浜STSPOT

東京デスロック「ハッピーな日々」@横浜STSPOT

作:サミュエル・ベケット 翻訳:長島 確
演出:多田淳之介
出演:佐山和泉 夏目慎也

腰まで土に埋まった女性、後半ではその身体は完全に埋まり首から上だけが見えている。それにもかまわず「ハッピーな日になりそう」と喋り続ける女性。
彼女の置かれた状況と観客の置かれている状況を重ね、私たちの日々のハッピー、そして幸せの行く末を描く。

ー新作。サミュエル・ベケットによる名作不条理劇『Happy Days』を長島確氏による新訳にて上演。
*演出の都合上、一部観劇状態を指定させていただく場合があります。


サミュエル・ベケットの「Happy Days」は横浜ランドマークタワーピーター・ブルック演出による上演を観劇した記憶がある*1のだが、日本人演出家の日本人キャストによる上演を見るのは初めてである。
多田淳之介の演出は俳優の演技という面では東京デスロックの中ではオーソドックスなもので俳優もよくそれに応えて好演したのではないかと思った。ベケットの場合は著作権の管理が厳格でテキストの一部を改変したり、カットしたりすることができないみたいで、最近の上演ではこまばアゴラ劇場での飴屋法水演出の「を待ちながら」(作:山下澄人)がベケットを参照項としていることは表題から明らかなのにもかかわらずベケットとは無関係なオリジナルの別作品の体裁になっているがそれはこのためもあるかもしれない。
 一方、多田版「Happy Days」(「ハッピーな日々」)はこの上演をきっかけに長島確が翻訳した新訳をテクストとしてはいるが、多田演出は多田がシェイクスピアチェーホフに対して行ったようにテキスト自体には手をつけるということはしていない。
 普段は「再生」を典型として音楽を多用するタイプの演出家である多田だが、原戯曲が劇中音楽を許していないために、今回は芝居の始まる前に曲(曲名は忘れたが富士山についての曲)を流す以外はそれもいっさい使わずに原作の指定を順守している*2
 そのため、演出家としての解釈は「ハッピーな日々」で俳優の衣装も含めた舞台美術に託された。目立つのは舞台の背景に大きく描かれた富士山の絵。これと舞台上を埋め尽くした黒いポリ袋で舞台装置。これらは3・11後の日本の姿を強く象徴するようなものとなっている。
 登場人物2人のうち1人が「腰まで土に埋まった女性」というのが原戯曲の指定*3だが、今回は女は舞台を埋め尽くすように積み重ねられた黒いポリ袋に女性(佐山和泉)は腰まで埋まっている。服装としては椎名林檎のようなと多田は名前を挙げていた。アフタートークに登場した山崎健太はきゃりーぱみゅぱみゅの名前を挙げた。いずれにせよいかにも現代日本的な奇抜なファッション。それに対し、男は前半は黒いポリ袋の山の向こう側にいるため、裸体に近い上半身の一部だけが見える程度なのだが、後半に山を乗り越えて登場する男は星条旗のあしらわれた上着とシルクハットでこれは明らかにアメリカの象徴なのだ。
 こうなってくると、人間存在の普遍的なあり方のメタファー的表現とれそうなベケットの「Happy Days」は「ハッピーだわ」などと能天気な戯言を繰り返していると気がついた時には原発の汚泥なのか産業廃棄物なのかは分からないが、黒いポリ袋の山の中に埋まってしまっていて、手の施しようがない状態。「それが今の日本の現状なのだ」と言いたげにも見えてくる。

登場人物
ウィニー:主人公。なぜか焼け野原のど真ん中で、腰まですっぽりと地中に埋まった女性。第2幕ではとうとう喉元まで埋没する
ウィリー:ウィニーの夫。


第1幕
抜けるような青空の下、なぜか腰まで地中に埋まった女性が1人。

彼女…ウィニーは目覚ましの音で目を覚まし、歯を磨いてお祈りを唱えて…と、こんな状況下で「日常的な動作」を繰り広げていく。

丘の向こうには彼女の夫、ウィリー。禿げ上がった後頭部を見せるこの男はほとんど声を発せず、また振り返る事もなくただ淡々と新聞を読んだりする。

ウィニーはただひたすらしゃべりつづける。己の狂気から逃れるために…。
第2幕
ウィニーはとうとう喉元まで地中に埋まってしまった。第1幕で彼女の「生活」を支えていた日用品の数々も、手が出ない以上使うことが出来ず、ウィニーはひたすらしゃべりつづける。

やがて、丘の向こうから、こんな状況には不釣合いなほどきっちりと正装をしたウィリーが登場。彼に名前を呼んでもらい、ウィニーは呟く。

*1:http://physicaltheatre.jp/jp/files/paper04.pdf

*2:最後に「メリーウィドウ」が流れるが、これは戯曲の指定通りという。

*3:横浜ランドマークタワーピーター・ブルック演出の上演もウィニーを演じる女優(ナターシャ・パリー)は腰まで土に埋まっていた。