下北沢通信

中西理の下北沢通信

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横浜ダンスコレクションコンペティションI(1日目)

横浜ダンスコレクションコンペティションI(1日目)

マイケル・バリー・アルバス・ケ『NEGATIVES TO POSITIVE』
北尾亘『2020』
キム・ソヨン『Selfish Answer』
タリノフダンスカンパニー『フィクション』
田村興一郎『F/BRIDGE』


ファイナリスト(五十音順、年齢=2017年7月17日応募締切時点、出身地)                                 
振付家名 年齢 出身地 作品タイトル
大石 裕香 33 大阪府 ウロボロス
北尾 亘 30 兵庫県 2020
四戸 賢治 27 岩手県 K(-A-)O
水中めがね∞ 25 東京都 絶滅危惧種~繁殖部屋にて~
田村 興一郎 24 新潟県 F/BRIDGE
タリノフ ダンス カンパニー   34 茨城県 フィクション
Choi Minsun/Kang Jinan 34/35   ソウル市(韓国) Complement
Kim Seo Youn 32 ソウル市(韓国) Selfish Answer
Lee Kyung-Gu 25 テグ市(韓国) A broom stuck in a corner
Michael Barry Arbas Que 24 セブ市(フィリピン)   NEGATIVES TO POSITIVE

審査員(五十音順)
岡見さえ(舞踊評論家)
近藤良平(コンドルズ主宰・振付家・ダンサー)
多田淳之介(東京デスロック主宰・富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ芸術監督)
浜野文雄(新書館「ダンスマガジン」編集委員
ティエリー・ベイル(在日フランス大使館文化担当官)
矢内原美邦ニブロール主宰・振付家・演出家・戯曲作家・近畿大学准教授)

 横浜ダンスコレクションの本編的存在であるコンペティションIの初日である。若手振付家(U25)のコンペティションIIとは異なり、こちらはある時期以降トヨタコレオグラフィーアワードとの差別化を図る狙いもあってかアジアの振付家が多数最終ノミネートに参加しているのが特色。特に韓国ではかつてこの賞を受賞した振付家がそれを契機にこの世界のスターになっていったという実績もあって、アワードが注目されているようで、毎年複数の候補者が名を連ねる状況となっていた。
 とはいえ、注目は北尾亘と田村興一郎だがどうなるかということだった。特に北尾はカンパニー公演、演劇公演などへの振付などで知名度は高いが、過去の例からすると実績のある人は抜群の評価を得ないと受賞しにくいという過去の歴史もある。そもそも北尾はいままでこの手の振付賞的なコンペは得意なタイプではないと思っていた。例えば、人気実績を兼ね備えた振付家であってもイデビアン・クルー井手茂太は活動初期にダンスのコンペではないガーディアンガーデン演劇祭の公開選考会に参加し演劇祭への出場権を勝ち取ったことはあるもののいわゆる振付賞への応募はないと思われ、活動領域が似ているせいもあるが北尾亘もそうだと思っていたからだ。
 北尾亘「2020」は面白い部分もあったのだが、2020年東京五輪を主題に実際にはない架空のスポーツというコンセプトは正直分かりにくかったのではないか。北尾は作風が多彩なことが特徴で、例えば群舞の作品でもう少しコンテンポラリーダンスとして普通に受けとれる作風のものも作れる人なのだが、ソロ作品で身体はかなり酷使するとはいえ通常の意味では「ダンス」ではない作品を出してきた。そのことにはあえて振付賞に応募するならオーソドックスと思われるようなものではなく、こういう尖った作品ではという思いはあったと思うが、私には北尾のよさが出た作品という風には思えず思いがやや空回りしていたように思われた。
 特に韓国の女性振付家、キム・ソヨン『Selfish Answer』という作品がシンプルでオーソドックスで新味に欠けるもののダンスとしてはクオリティーの高い作品。以前は韓国の作品にあったモダンダンス的な臭みはない。ただ、コンテンポラリーダンスとしては保守的な作風に見え、私の好みからはかけ離れている。だが、過去にはこうした傾向の海外アーティストの作品が賞をさらっていったのも何度も目撃しているためにこの手のものがグランプリでは嫌だなと思った。 
ところがこうしたもやもやも最後の田村興一郎『F/BRIDGE』を見てすべてが吹っ飛んだ。これは久しぶりの圧倒的な作品だと思う*1。田村は京都造形芸術大学の出身でこの「F/BRIDGE」はもともとは大学の卒業制作として制作したものを再構築したものようだ。冒頭逞しい肉体の8人の男たちが出てくるが、すでに舞台奥にひとりが力尽きて倒れている。男たちは全員コンクリートのブロックを持っていて、次にそれを後頭部に載せて、上手から下手、下手から上手へと動き出す。動きは最初はそろってゆっくりなのだが、次第に加速して速度もバラバラについには力尽きた何人かが倒れてしまうが、そうすると今度は倒れた仲間の上にブロックを載せて、引っ張っていく。最近よくある酷使される身体を見せる作品とはいえるが、単純に身体的なものだけを見せるというだけではなくて、それが現代日本の特に若者が置かれた労働状況とダブルイメージになっていく仕掛けつが巧みである。ただ、この作品の本当の魅力はそういうところではなく、身体的負荷を超えて次第に動きが激しくなっていく過程で若い男性パフォーマーが生み出す凄まじいまでのエネルギーの爆発が体験できたことだ。まだコンペティションは1日あるがこれがグランプリでないようなことがあったら、審査員はいったい何を見ているんだということになると思う。

*1:団菊爺じみて嫌なのだが、ひょっとしたらトヨタアワードで黒田育世の「side-B」を見て以来の衝撃かもしれない。