下北沢通信

中西理の下北沢通信

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三島由紀夫作品を若手演出家が大劇場で演出 MISIMA2020『橋づくし』『憂国』@日生劇場/LIVESTREAMING

MISIMA2020『橋づくし』『憂国』@日生劇場/LIVESTREAMING

三島由紀夫作品には「近代能楽集」をはじめ繰り返し上演される有名戯曲も数多くあるが、『橋づくし』『憂国』はいずれも小説を原作とした舞台作品である。
このプロジェクトは相当スリリングな企画だったのではないだろうか、STREAMINGの期限の問題もあり、そちらは見ることが出来なかったが、『橋づくし』『憂国』の前半日程に加え、後半日程は『真夏の死』『班女』を上演したが、いずれも若手の気鋭の演出家であり、特に今回映像配信を見た『橋づくし』の作・演出を務めた野上絹代は快快所属のダンサー、振付家、『憂国』を作・演出した長久允はCMプランナー・映像作家であり、そうしたこともあって通常の大劇場の演劇公演とは一線を画した舞台作品が制作できたのではないだろうか。
『橋づくし』は陰暦8月15日 の満月(中秋の名月)の夜、無言のまま7つの橋に願掛けをして渡れば願いが叶うという言い伝えに従って4人の女が橋を渡る物語である。エピグラフとして、男女が橋を渡りながら死出の旅へ発つ、近松門左衛門の『天の網島』の「名ごりの橋づくし」の詩句の一節が引用されているが、実は7つの橋をわたるという設定はカントの有名なケーニヒスベルクの7つの橋の逸話から取られており、数学者オイラーが証明して、*1明らかにしたように同じ道を二度歩かずに7つの橋を一回ずつ渡るような散歩道はありえないのである。
 三島が引用した近松門左衛門の『天の網島』の「名ごりの橋づくし」は心中に向かう二人の死への道行きだが、三島がパロディーだとしたようにこちらの「橋づくし」では実は彼女たちは最初から不可能なことに挑戦している。うまり、近松の悲劇に対して、これは三島には珍しいコメディーなのであり、4人の女性の競争の中で一番のダークホースだった女中のみながどうしてか、この世界を支配する数学的な論理さえ超越して渡り切ってしまうという結末が面白い。
 舞台としては義太夫狂言である『天の網島』を意識してか、セリフは冒頭からほとんどすべてナレーションで流れ、俳優は無言のままナレーションに合わせて動く。高校ダンス部の強豪出身でダンスが得意な伊原六花を主役の料亭の娘、満佐子を演じさせ、演技というよりはダンスのように動きを振りつけている演出がいかにも振付家による舞台らしくて面白かった。伊原六花NHK朝ドラをきっかけにテレビドラマやCMで見かけることが多いが、踊れるという強みをより生かすためには今回のような舞台は向いているのではないかと思う。
 一方、「憂国」は三島由紀夫の小説「憂国」を原作とするとはいえ、コロナ禍の東京を舞台に自分もよく行っていていて友人も多かったライブハウスの検挙をせざるを得ない立場に追い込まれた警官(東出昌大)とその妻の看護師(菅原小春)を描き出した現代劇である。主人公の男が三島の「憂国」の読者であり、友人を裏切り、警察官として警察の手入れに参加した自責の念から次第に自決する「憂国」の主人公と自分を重ねわせていく。この芝居などを見ていると、不倫騒動などで世間での評判は落としているとしても東出昌大が素晴らしい俳優であることは問答無用で伝わってくる。 ダンサーである菅原小春も大河ドラマの好演で女優としての評価を高めて以来、初めての女優としての仕事だが、体当たりで見事な存在感を見せてくれた。
 とはいえ、ひとつだけ気になったのは舞台では映像として白い幕に映写されていたライブハウスの映像。ポストコロナでもライブハウスは以前のような密集でなければ意味がないというメッセージが込められた映像だったと思われるが、ここでの映像は「密」そのものの観客の姿が描かれていて、いったいこの映像をコロナ防護対策を十分に行ったうえで撮影することがどうすればできたのか。物語の最後でライブハウスのオーナーに誘われるシーンもそうだが、願望はいいけれど、いまここで描く演劇としてこれでいいのかということに対して大きな疑問も感じてしまった。 

2020年、戦後の日本文学界を代表する作家、三島由紀夫が自決した衝撃的な事件から50年。
彼の人生、作品、思想は、世代や国境をも超えて、人々に大きな影響を与え、生き続けています。
そんな三島文学に刺激を受ける4名の演出家が集い、前半日程は『橋づくし』『憂国』、後半日程は『真夏の死』『班女』の上演が決定。半世紀を経て、なお人々を魅了し続ける三島作品と、若い世代によって生み出される新しい感覚を融合し、日本の純文学を現代に蘇らせ、創造的かつ視覚化した作品を目指します。
三島由紀夫没後に生まれた4人の演出家が、三島を通して考える今の日本、多種多様に満ちた三島作品を、2020年という時代を通して舞台化。

現在世界を取り巻くコロナ禍の中で、本公演の制作過程を追い、三島を通して「今」をとらえるドキュメンタリー映画の製作が決定!手掛けるのは、広告映像ディレクターとして国際的なクリエイティブアワードで多数の受賞をし、近年では、映画監督としても活躍する関根光才。公開は2021年。ソーシャルディスタンスが演劇に求められる今、劇場半数の客席と舞台映像配信でのダブル上演で新たな演劇スタイルを模索中の舞台業界。社会全体がこの難局にどう挑み、どのように淘汰されるのか?

三島没後50年となる2020年は、3月に映画『三島由紀夫vs東大全共闘50年目の真実』が公開され、全国の映画館で半年以上のロングラン上映が続き、コロナ禍の中、20日現在で14万人の観客動員を記録。秋には、東京バレエ団が、三島の生涯や世界観を描いたバレエ作品「M」を10年ぶりに上演するなど、三島作品への注目が高まっている。


日生劇場/『橋づくし』『憂国
2020年9月21日(月祝)‐22日(火祝)
◆『橋づくし』/作・演出:野上絹代
伊原六花  井桁弘恵  野口かおる 高橋努


◆『憂国』(『(死なない)憂国』)/作・演出:長久允
東出昌大  菅原小春


美術
杉山至
照明
吉本有輝子(憂国/橋づくし)・笠原俊幸(真夏の死/班女)
音響
長野朋美
映像
山田晋平
衣裳
原まさみ(橋づくし/班女)・writtenafterwards(憂国)・鈴木成実(真夏の死)
ヘアメイク
国府田圭
演出助手
加藤由紀子
舞台監督
齋藤英明・大刀佑介
宣伝
吉田プロモーション
【オンライン配信スタッフ】
鈴木健太(クリエイティブディレクター)
1996年東京生まれ。ミュージックビデオの監督や、CM・広告の企画/デザイン、アーティストやブランドのディレクションを手がける。主な仕事に、KIRINJI、SHISHAMO、羊文学、Maltine Records、劇団ノーミーツ ほか。2017年多摩美術大学統合デザイン学科中退。同年電通入社。

田中せり(アートディレクター・グラフィックデザイナー)
1987年茨城県生まれ。2010年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。同年電通入社。企業のCI、ブランディング、ポスター、パッケージ、広告、プロジェクトなどを手掛ける。主な仕事に、酒造会社せんきん、「DEAR GLENN」YAMAHA、羊文学、LUMINE、「飲める文庫」NEC&YANAKA COFFEEなど。JAGDA新人賞2020受賞。