下北沢通信

中西理の下北沢通信

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堀企画「水の駅」(作:太田省吾 / 構成・演出:堀 夏子)@アトリエ春風舎

堀企画「水の駅」@アトリエ春風舎

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太田省吾「水の駅」については遥か昔に太田本人の演出による上演を観劇したことがある。最近では京都造形芸術大学時代の教え子である杉原邦夫演出によるバージョンが上演されたが、今回は青年団の女優である堀夏子による構成・演出で上演された。
 沈黙劇と評される通りにセリフはないが、それでもこれが確かに演劇であるのは「水の駅」の表題通りに水が流れ続ける場所に次ぎ次ぎに人々が現れるというストーリーはあり、しかもどういう人がどういう順番でやってくるのかということは太田による戯曲(台本)によって細かく指定されている。
 演技というかそれぞれの演者の身体所作は非常に緩やかに時間をかけて進行する。行われるのは舞台奥から現れてゆっくりと水場に向かう演者がそこでコップに水を入れて飲んだり、水を頭から浴びたり、水を口に含んで飲んでいるうちにそこにいるもうひとりの人物と触れ合ってしまったりする。行為としては単純だが、れを通常の日常生活での速さよりも緩やかにたっぷりと時間をとって、行う。観客の側もそれに立ち会い、見つめ続けることで日常生活では感じることができないようなディテールの豊かさをそこから感じとることができる。
 過去の上演との比較でいえば極端に速度が遅く様式性を感じたのが、転形劇場(太田省吾演出)による演出。杉原邦生のものはそれに比べるとスピード感があり、今回は両者の間ぐらいか。過去のインタビューなどでは太田自身は演技に特定の形式はないなどと話しているが、転形劇場の演技は今の観客の目から見ると様式的に見える。それが何であれ、身体がある種のテンションを持続的に持って演じられているように見えるからだ。平田オリザの現代口語演劇を経由した堀企画「水の駅」は動く速度を除けばよりナチュラルに感じた。これが演出的な違いか、転形劇場の俳優と青年団や無隣館の俳優ではかなり舞台での身体のあり方に違いがあるためかは分からないが、確信は持てないが映像に撮って早回ししたら今回の上演はよりリアルに普通の演技に見える気がする。
 堀企画「水の駅」は上演会場であるアトリエ春風舎の特異な場所性を生かした空間構成になっていたのが演出面での最大の特徴であろう。このアトリエ春風舎にはなぜか劇場フロアのど真ん中に地下に抜ける大きな穴があり、今回の上演では劇場の天井部分からその穴に向かってひとすじの水が流れ続ける。この水が照明に照らされると本当に美しく、光り輝く。それが造形美術のように美しく、この舞台における主役は出演する俳優以上にこの輝く水の柱ではないかと思った。
 もうひとつは登場人物は通常は劇場の奥の部分から登場して、入場口の方に進んでいくのだが、劇場の入り口は開け放たれたままで、奥には(おそらく)送風機が仕掛けられており、人が動く道はそのまま空気が流れる道筋ともなっている。これはコロナ対策としての換気の意味合いもあったとは思うが、後半で舞台上に白い幕のようなものが吊られて、舞台上の空気の流れによって、空気の流れが可視化される演出となることを考えると、縦に流れる水、横に流れる風という構図には二つの時間の流れという象徴的な意味合いが感じ取れた。
 スタッフに舞台美術の項目はない。クレジットとしては「構成・演出」にすぎないが、おそらく、通常なら舞台美術の範疇になるだろう前述の水の柱や風の通り道、さらには客席の配置までを含んだこの舞台の空間構成はすべて堀夏子によるものであろう。
 松井周や伊藤毅のように俳優出身の劇作家・演出家は青年団にもいるし、これまでもあったが、俳優が演出だけにとどまらず演技から離れて、作品コンセプトなどにも踏み込んだ作品構成を手掛ける例は珍しいのではないか。似たような前例を考えると、俳優ではなくダンサーであるという違いはあるが、堀夏子の作品へのかかわり方には勅使川原三郎を彷彿とさせる部分があるかもしれない。

作:太田省吾 / 構成・演出:堀 夏子
太田省吾の代表的沈黙劇『水の駅』に挑みます。

  • 取手の壊れた水道。そこから細く流れ続けている水。水場を訪れる様々な人々-沈黙が日常になった現在。アトリエ春風舎自体が水の駅であるかの様に、様々な方が訪れてくださることを願います。

『水の駅』
太田省吾が転形劇場時代に生み出した沈黙劇の代表作。
台詞を排除して人間の〈要約できない〉領域の豊かさを表現した
前衛的な沈黙劇は国際的にも高い評価を受けている。
把手の壊れた水道。流れ続けている水。少女、闇の中へ。

堀 夏子[Natsuko HORI]

演出家・俳優 / 堀企画主宰

2005年劇団青年団入団。青年団の代表作『東京ノート』『ソウル市民』等に多数出演。2019年12月堀企画第一弾『トウキョウノート』で構成・演出を担当。

出演

近藤強* 藤谷みき* 木村巴秋* 黒澤多生* 北村美岬 瀧澤綾音 中條玲   (*)=青年団

スタッフ

舞台監督:海津 忠* 照明:小駒 豪 照明操作:髙野友靖 音楽・演奏:佐々木すーじん
宣伝美術:堀 夏子* 制作:太田久美子*  (*)=青年団

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演技と演劇② 転形劇場「水の駅」

「水の駅」ダイジェスト
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