下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団第84回公演「眠れない夜なんてない」@吉祥寺シアター

青年団第84回公演「眠れない夜なんてない」@吉祥寺シアター

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「眠れない夜なんてない」は初演の舞台を2008年7月に観劇している*1。記憶にある限りはおおよその筋立ては初演の通りであるが、今回の再演で設定上にいくつかのかなり大きな変更がなされていた。日本を捨て海外(この場合はマレーシア)に移住をして老後を過ごそうとしている日本人の姿を描いたものだが、初演ではその時点から近未来であるいつかと設定されていたが、今回はそれを1988年のマレーシアに設定している。平田オリザの作品では舞台はいわば歴史劇の類に属するといえる「ソウル市民」などを除けばほとんどの作品では現代ないし近未来のいつかに設定されており、それも作品内の設定からそういう風にみなされることが多く、この作品の初演もそうした設定に準じたものであった。
 ところが今回の作品では昭和天皇の下血の話題が入るなど、昭和の一番最後のころの物語となっている。このように時代設定をはっきりとさせて、作品にもその時代の空気を盛り込んだ作品は湾岸戦争下でのイスタンブールを舞台とした「冒険王」シリーズ以来のことである。実は当時私はこういう種類の作品をケラリーノ・サンドロヴィッチの「ライフ・アフター・パンクロック」「カメラ≠万年筆」などと一緒に「近過去劇」と位置付けた*2のだが、今回のバージョンの「眠れない夜なんてない」もそうした作品と考えてもいいだろう。
 平田オリザは当日パンフ(挟みこみのシオリ)の中で再演が遅れた理由として「現代のマレーシア(あるいは日本)を舞台にすると、俳優の年齢の整合性が取れなくなってしまうから」と書いているが、確かにこの作品で猪股俊明が演じている人物はシベリア抑留帰りということになっているが、シベリア抑留者の多くが解放されたのが、1949年ごろだから1988年ならそれから40年程度が経過して、若くして30代で帰国していれば70代となるが、その後約30年間続いた平成時代をへて令和になって現代では100歳を超える年齢となってしまう。舞台の中で現代劇としては戦争中のことを実体験として知る人のことは出しにくくなっているわけだ。
 さらに言えば平成の30年間を飛び越えた昭和末期の出来事や空気感もこの日劇場に来た多くの若い人たちにとっては実感しにくくなっているかもしれない。そういう意味でこの「近過去劇」のひとつの特徴はそれを実体験している私のような世代とそれ以降生まれた世代ではかなり感じ方が違うものになっている。平田はマレーシアの大学で教鞭をとっていた2003年2月に在クアラルンプールの日本大使館の人から定年移住した日本人の村があると聞いてこの作品を構想したとしているが、当時そこに暮らしていた住民は年齢的にもう亡くなっているだろうことはあるにしても、2000年初めと現代ではもはや日本という国の国力が全然違ってしまっていて、海外とはいえ、ここで描かれているような富裕層的な生活が隠居後可能であるということは考えにくいというリアリティーの問題もあるかもしれない。
 皮肉なことに2003年の桜美林大学「もう風も吹かない」で平田オリザはすでに国家財政の悪化で青年海外協力隊の派遣を中止せざるをえない没落した日本が近未来の世界として描写されているが、こちらの方がむしろ近未来の日本の姿としてよりリアルなものと感じられるようになっているかもしれない。

作・演出:平田オリザ


ここで生きるのではない、ここで死んでいくんだ。
マレーシアの日本人向けリゾート地を舞台に、日本を離れて暮らす人々の生態を克明に描く。 定年移住、新しい形のひきこもり、海外雄飛、日本離脱・・・、国際化の最先端か、新しい棄民か。5年間の取材を経て大成した本作は、2008年初演以来、13年ぶりの初再演。

1988年、マレーシアの架空の日本人用保養地。
定年移住をしてきた中高年の夫婦たち、父と母を久しぶりに訪ねてくる姉妹。
退職後の安住の地を探しに来る夫婦と、それを迎える高校時代の友人。
妙に明るい短期滞在者。娘と二人で暮らす寂しげな初老の男。
様々な人々がここに集い、静かな時間を過ごしていく。
熱帯のジャングルの中、聖域に住む蝶のように、死を待っている日本人たち。
思い出される長い長い過去と、思いを馳せる残り少ない未来。
リゾート施設のラウンジを舞台に、そこを通り過ぎていく人々の、砂上の楼閣のような生活を淡々と映し出す。

出演

猪股俊明(客演)羽場睦子(客演)
山内健司 松田弘子 永井秀樹 たむらみずほ 小林 智 島田曜蔵 能島瑞穂
井上三奈子 堀 夏子 村田牧子 井上みなみ 岩井由紀子 吉田 庸



*出演を予定しておりました渡辺香奈に代わり、堀 夏子が出演いたします。

スタッフ

舞台美術:杉山 至
舞台監督:中西隆雄 小川陽子
照明:井坂 浩
照明操作:高木里桜
音響:泉田雄太
音響操作:秋田雄治
衣裳:正金 彩 
宣伝美術:工藤規雄+渡辺佳奈子 太田裕子
宣伝写真:佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト:山口友里
制作:太田久美子 赤刎千久子 金澤 昭