下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ニブロール「汚れた手」Work-in-Progress@横浜創造都市センターBankART Temporary

ニブロール「汚れた手」Work-in-Progress@横浜創造都市センターBankART Temporary

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ニブロール矢内原美邦)は昨年(2020年)予定していたすべての公演がコロナ禍により中止になり、「悲劇のヒロイン」*1以来の観劇となった。「悲劇のヒロイン」が女優をモチーフに限りなく演劇に接近していたのに対し、今回の「汚れた手」はパフォーマーの発する言語テキストは一切なしとなった。
会場となったヨコハマ創造都市センター BankART Temporaryは、1929年に建設された歴史的建造物「旧第一銀行横浜支店(一部復元) 」を用いた施設。ギャラリーなどとしても使用できる広い空間に中央のアクティングスペースを取り囲むように透明なビニールを張ったパネル状の幕が4対配置されていて、照明が落ち暗くなると、その幕と周囲の白い壁部分に森や樹木の映像が映し出される。その後、白っぽい衣装を着た3人のパフォーマーが登場してパフォーマンスが始まるが、最初の方ではあまり激しく動かないから、ダンスパフォーマンスというよりは人間の身体もオブジェの一部として使った映像・音響インスタレーションのようにも感じられる。そもそもニブロールは最近でこそ矢内原美邦岸田國士戯曲賞を受賞し、振付家としてのみではなく、劇作家としても認められるなど彼女の存在が大きくなってきている(あるいは外から見ると完全に中核的存在という風に見える)ものの、本来は映像、音楽、ダンスなどそれぞれ異分野であるアーティストが共同制作することを旨とする集団*2であり、ダンスや演劇など舞台芸術の要素の強い最近の作品と比べると今回の「汚れた手」には原点回帰ということも言えるかもしれない。
「汚れた手」という表題の通りにこの新作の主題はコロナ禍であるようだ。とはいえ、具体的な物語やビジュアルイメージとしてコロナに関することが提示されるというわけではない。作品で提示されるのはコロナ禍で感じた孤独感や閉塞感なのかもしれないと漠然とは感じるものの、ニブロールの過去作品のようにダイレクトな表象としてそれが提示されるわけではないということが逆説的にこの主題を作品化する際の困難さを表しているかもしれないと見ていて感じさせられた。
 今回の作品についてはクレジットには「振付:矢内原美邦   映像・美術・照明:高橋啓祐   音楽・美術:スカンク/SKANK」とそれぞれのアーティストの担当分野が示されてはいるが、個人名ではなく、演出:ニブロールとクレジットされており、共同制作であることが強調されてもいる。たかがクレジットではないかと思うかもしれないが、最近の作品(「悲劇のヒロイン」「イマジネーション・レコード」)などでは「振付・演出:矢内原美邦」とクレジットされていたので、制作体制の見直しが少しはあったのかもしれない。ただ、今回の公演はWork-in-Progressとも銘打たれていて、今後計画されているより本格的な公演に向けての準備段階ともみなされているようなので、そういうことも関係しているのかもしれない。
この公演でもうひとつ面白く思ったのは本来は裏方であるはずの矢内原美邦、SKANK、高橋啓祐の三人が黒のマスク、衣装の黒衣スタイルながら事実上パフォーマーのようにして出演してしまっていること。冒頭、白い衣装のダンサー以外に黒い衣装の女性のダンサーがいて、それが大きめな懐中電灯を持ち、ほかのダンサーを暗闇の中、照らしだし、ぼんやりと姿を浮かび上がらせている。最初、出演者は三人だったはずと当惑したのだが、作品の後半に黒衣姿の高橋とSKANKが小さな山車のようなものにそれぞれプロジェクターとスピーカーを積んだものを牽いて現れたので、最初の黒衣は矢内原で照明の一部を担っていたんだということが了解された。こういうのも「らしい」ところで、今回だけの特別な演出という可能性もあるが、今後この作品がどんな風にブラッシュアップされていくのか楽しみに感じた。

汚れた手を洗う日々、水に流れるようにあらゆる記憶が消失していく。
世界中でどれだけの時間と場所が失われてきただろう。

その失われたすべてを言葉にはできない。
直面した恐れや震えが、体の中で逆流を始める。

経験した時間を私たちはこのパフォーマンスを通して
もう一度体験する。

それぞれの記憶は幾重もの層となり、沈み、浮かびあがり、また重なり、
私たちは失われた時間をやりなおして身体に刻印する。

いま、場所や記憶を定位する表現はいったいどんな意味を持つのだろうか?

演出:ニブロール
振付:矢内原美邦   映像・美術・照明:高橋啓祐   音楽・美術:スカンク/SKANK

出演:小山衣美 大熊聡美 上村有紀

制作:細田拓海   主催:一般社団法人ニブロール   会場協力:BankART1929