隣屋「オイディプス」@こまばアゴラ劇場(回遊式演劇)
隣屋の三浦雨林は日本大学芸術学部演劇専攻から無隣館、そして青年団演出部と綾門優季の後を追っている。綾門の下で演出助手も務めている。どうやらいままで演出したものを見てみるとほとんどが、原作の小説をもとに脚色したもので、劇作家としての志向はあまりなさそうだという違いはあるが、今回の 隣屋「オイディプス」の回遊式演劇という形式が青年団リンク キュイ「『まだなにもはなしていないのに』音響上演」(綾門優季作演出)から強い影響を受けているのは間違いないように思った。
会場となっているこまばアゴラ劇場の二階(普段は普通の劇場として使用されている)にはいってみると中央部分に巨大な透明なビニールシートで天井まで区切られた部屋があり、その外側には3つの映像モニターが据え付けられている。それぞれのモニターにはそれぞれ別の映像が映されていて、入り口から見て左(下手)側の画面には男優がオイディプスのセリフ、入り口右(上手)の背後には女優がイカオステのセリフをそれぞれ語っている。
入り口から見て上手のエレベーターホールに続く通路の左手前にもモニターがあるが、そこはイメージ映像と文字列で映し出された「オイディプス」のテキストが映し出される。これらの言語テキストはいずれもソポクレスの「オイディプス」の日本語テクストをそのまま抜粋したものとなっている。それぞれの映像は独立していて、一定の時間内に何度もループするように構成されている。観客はこの会場の中を自由に動き回って、自分の主体性において観たい映像を選ぶことができるような仕掛けになっているのだ。
ギリシア悲劇の「オイディプス」のテキストを使用した作品ではあるが、この作品を今現在上演することにしたのは「人智を超えた疫病が未だ勢いを増して蔓延している」現代の世界をやはり「何者かによる呪いにより悪疫が蔓延していた」テーバイの姿と重ね合わせているからであろう。エレベーターホールの中にも映像モニターが置かれているが、そこでは「オイディプス」のテキストではなく、三浦雨林が創作したあるいはどこからか引用してきた今の日本のコロナ禍の現状について語ったモノローグが現在の街の光景などとともに語られる。エレベーターを昇った3階部分にもモニターが置かれ、そこにはオイディプスにおける謎解きの真相の部分が流れていく文字列によって示される。
そして、この演劇の形態が綾門優季の「『まだなにもはなしていないのに』音響上演」と似ているのはただそれを模倣したからというのではなく、コロナ禍における演劇のあり方についての認識、さらに言えばコロナと演劇についての認識において共通するところが大きいからかもしれない。コロナ禍においてもこういう形式ならば演劇上演が可能であろうとの思索のたどり着いたその先は綾門の場合は「俳優がひとりも登場しない音声だけの演劇」であったとすれば三浦雨林の回答は「コロナ病棟の入り口にあるようなビニールで仕切られた空間の中で俳優がたったひとりで演じる」ということだった。オイディプス役の男優(永瀬泰生)は自分のセリフだけをかなりの大音声で演じるが、会話の相手役はそこにはおらず、相手のセリフはプロジェクターで俳優の背後の上下に細長い幕のような布に映写され、「オイディプス」の恐ろしい秘密が明かされ、母であり妻であるイカオステが悲惨な死を迎える物語の最後が明かされるのであった。
翻案・演出:三浦雨林(隣屋/青年団)
原作:ソポクレス『オイディプス』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネー』(Storr Francis 訳 “Oedipus the King” “Oedipus at Colonus” “Antigone”より日本語台本に構成 )
自然も神も、人間のためにあるのではないのだから、神頼みをして待っていたってしょうがない。祈っても、状況が良くなるわけでもなし、死んだ人だって帰ってくることはない。神も自然も、何もしてはくれない。私たちはそれをよく知っているはず。本作は、お客さまご自身が劇空間の中で何を観るかを自由に選択していただく、自由回遊型の演劇作品です。『オイディプス』の舞台、テーバイと同じように、人智を超えた疫病が未だ勢いを増して蔓延している中での発表となります。
「為すことと選択すること。自由に回遊してお楽しみください。」
隣屋
演劇をつくる団体。主に既存の小説・戯曲を原案に置き、身体的な生理と発話される言葉を際立たせた作品創りを行う。2016年利賀演劇人コンクールにて観客賞受賞。劇作/演出・三浦雨林(代表)、俳優/衣装・永瀬泰生、ダンサー・御舩康太、俳優/殺陣・杉山賢、制作・谷陽歩が所属。
出演
『オイディプス』
永瀬泰生(隣屋)、川隅奈保子(青年団)*、矢部祥太*、松橋和也(青年団)*、宮本悠加*『コロノスのオイディプス』
杉山賢(隣屋)、矢部祥太*、林ちゑ(青年団)*、日和下駄(円盤に乗る派)*、吉田卓央*、松橋和也(青年団)*、宮本悠加*(*) 映像出演のみ
スタッフ
美術・照明:椎橋蘭奈
衣装:永瀬泰生(隣屋)
舞台監督:鐘築隼
映像アドバイザー:稲川悟史
制作:谷陽歩(隣屋)、山口敦子