燐光群 <別役実メモリアル>「別役実短篇集 わたしはあなたを待っていました」@下北沢ザ・スズナリ
坂手洋二演出の燐光群による別役実作品の連続上演である。別役実は日本を代表する劇作家で平田オリザやケラリーノ・サンドロヴィッチら大きな影響を受けている劇作家は多い。だから、今回のコロナ禍さえなければ没後関連企画はもっと数多く開催されていたのではないかと思っている。
そういう中で劇作家協会の活動を通じて生前の別役実と交流があったとはいえ、その作風から言えばそれほど親近性があったとは言い難いと思われる坂手洋二が別役連続上演に取り組んだのは興味深い出来事ではあった。
4作品連続上演ではあるが、この日(7月10日土曜日)は昼公演にBプログラム、夜がAプログラムという順番だったため、作品で言うと『舞え舞えかたつむり』『この道はいつか来た道』『いかけしごむ』『眠っちゃいけない子守歌』の順となるが、結果的にはそれがけっこう見やすかったような気がする。
最初の『舞え舞えかたつむり』は今回の4本の中ではもっとも演出的アイデアに手がかかっている舞台と言っていいかもしれない。企画案には「別役実が作を手がけた二人芝居4作品を坂手洋二の演出で立ち上げる」などとも報じられており、もともと二人芝居だったはずだが、雛人形と刑事に扮した俳優がそれぞれコロス(群唱)のように割り台詞(リレー形式)でセリフを語る。現代能として複式夢幻能の様式を模したとの評もあったが、先日の岡田利規の現代能作品を見た後では、あまりピンとはこないものの、隠蔽された夫の死が妻と刑事との問答で次第に浮かび上がるという構造は能に類似しているといえなくもない。ただ、別役実の戯曲が最初から能を意識して書かれているとは思えず、やや牽強付会の感は否めないかもしれない。ただ、坂手自身にも事件を核に作品を立ち上げることが多いため、坂手にとっても出演する俳優にとっても4作品の中では一番燐光群的な空気感*1を感じ取れる作品となったかもしれない。
ただ、4作品を続けて見ると不条理劇などと一般に称せられている別役実の作品は不条理(理屈がない、ナンセンス)というよりは食い違う論理様式がコミュニケーションに齟齬をきたすというディスコミュニケーションの演劇だということが分かってくる。
そして、その齟齬は記憶(過去の出来事への認識)の改ざんから起こる。
坂手洋二演出で「この道はいつか来た道」などとあると、政権批判の政治的メッセージが含まれた作品かとついつい思ってしまうが、この作品は老齢になった男女の間のロマンスが綴られた別役実作品のなかでも屈指のラブストーリーとなっている。そして、その老齢になっても失われていない輝きを若き日に野田秀樹のヒロインを務めたこともある円城寺あやが見事に演じた。
一方、夜のAプログラムは噛み合わない対話を特徴とする別役実作品の特色がよりストレートに表された「眠っちゃいけない子守歌」「いかけしごむ」の2作品。「眠っちゃいけない子守歌」はある老人男性(さとうこうじ )のもとにコンパニオン(大西孝洋)がやってくる。認知症を患う老人と派遣されてきたその介護担当者との会話という風にも見えているが、この家にいる男の話していることは脈絡なく見えても、どこか男なりの理屈もあるようで、その噛み合わなさが面白い。
一方、不条理劇ということで言えば「いかけしごむ」はもっともそのイメージに近い作品かもしれない。「いかけしごむ」を発明したためにブルガリア暗殺団に命を狙われていると主張する男に路地のベンチで出会った女はそれは男の妄想で、本当は妻に逃げられ残された乳児を殺害してしまった男が逃げてきたのがこの路地で男にそれを認めて警察に自首するようにと説得する。そして、いかけしごむの虚構性に対して女は「私はリアリズムだ」と名乗るという一種のメタシアター的な構造も与えられている。
2013年4月に東京に引っ越したが、別役実作品についてはその以前の関西在住の時の方がより頻繁に観劇する機会があったような気がする。大きな理由としては大阪を拠点にした田口哲の「まちの芝居屋さん」や広田ゆうみによる京都のユニット〈小さなもうひとつの場所〉のように別役実戯曲のみを専門に上演するプロデュースユニットが複数あり、それが積極的に別役実戯曲を上演したことに加えて、別役実が兵庫県立ピッコロ劇場*2の芸術監督に就任、定期的に新作を提供していたこともあるだろう。すでに記憶があいまいになってしまっているが今回上演された4作品は表題ははっきりと記憶しているので、関西の集団による上演を以前見たことがあったのではないかと思う。
逆に東京では演劇集団664やかたつむりの会が活動を休止するのに伴い別役戯曲の上演機会は以前と比べ減っているのではないか。そういう状況のなかで燐光群が別役実戯曲の連続上演企画を続けていることは意味のあることだと思う。特に最近見た上演は青年団周辺の若手作家によるものが多く、通常の会話劇のスタイルからはかけ離れた様式のものが多かった。それだけに燐光群の上演はオーソドックスのよさがあったと思うし、現代の観客に別役実という劇作家の作品を伝える意味でも今後もしばらくは続けてほしいと感じた。
2021年6月25日(金)~7月11日(日)
東京都 ザ・スズナリ作:別役実
演出:坂手洋二
出演:間宮啓行、円城寺あや、さとうこうじ、鬼頭典子、中山マリ、鴨川てんし、川中健次郎、猪熊恒和、大西孝洋、杉山英之、荻野貴継、樋尾麻衣子、武山尚史、町田敬介、西村順子
A『いかけしごむ』 鬼頭典子 荻野貴継 猪熊恒和男はイカで消しゴムを製造することを発明したという。そしてその発明に反対する秘密結社、ブルガリア暗殺団に命を狙われている。「リアリズム」を標榜する女は、その「事実」と向き合う。
A『眠っちゃいけない子守歌』 さとうこうじ 大西孝洋
一人暮らしの「眠れない」老人の住むアパートに、福祉の会から派遣されてきた「話し相手」。自分が誰なのか忘れているが、眠ってはいけないということだけはわかっている。はたして私たちはどのように会話をすればいいのか……。
B『この道はいつか来た道』 間宮啓行 円城寺あや
こんな所で出会ってしまいましたね、私たち。愛と結婚について、もう少し話してみませんか。だって私たちは、間違いなく憶えているんですよ、この歌を。そう、この道はいつか来た道……。
眠っちゃいけない子守歌
B『舞え舞えかたつむり』 鴨川てんし 石井ひとみ 川中健次郎 猪熊恒和 杉山英之 樋尾麻衣子 武山尚史 町田敬介 西村順子 他
〈犯罪症候群〉に向き合う別役実独自路線のルーツともいえる作品。ひな祭りという祝祭が、殺人という、予期せぬ色に彩られる。もはやここでは、「ふたり芝居」というものじたいが、不可能なのである。