下北沢通信

中西理の下北沢通信

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【こまばアゴラ劇場】うさぎ庵「山中さんと犬と中山くん」@配信

こまばアゴラ劇場】うさぎ庵「山中さんと犬と中山くん」@配信

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うさぎ庵は工藤千夏(渡辺源四郎商店、青年団演出部)の個人ユニット。このところ予定していた公演が立て続けでコロナ禍による非常事態宣言などにより中止となっていたが、今回は予定通りのスケジュール(2021年9月2日[木] - 9月8日[水])で上演することができ、さらに9月9日に無観客での公演を配信。そのアーカイブ映像を見ることができた。工藤千夏はこれまで故郷である青森の渡辺源四郎商店と青年団演出部のダブル所属となっているために活動拠点としては東京と青森を行き来しながら演劇活動を行ってきた。しかし、現在は青森と東京の自由な行き来がコロナ禍で困難であることもあり、結局中止となった渡辺源四郎商店の公演では東京公演は東京の俳優、青森公演は青森の俳優をキャスティングしそれぞれの地元で稽古から公演までを完結するようなスケジュールを組んでいた。うさぎ庵名義ではあるが、今回もほぼ行うはずだった前回公演に準じた座組みとなっており、キャストには花組芝居から3人(桂憲一、大井靖彦、八代進一)、演劇集団キャラメルボックスから西川浩幸、PM/飛ぶ教室の山藤貴子というこまばアゴラ劇場の公演の座組みでは珍しい顔触れとなった。
 公演自体は三つのパートに分かれた構成。さらにPart2に当たる『Five Dogs―5匹の犬にまつわる五つの小さな物語―』が5人の俳優がひとり芝居をそれぞれリーディング形式(という演出?)で行い連作短編のような作りになっているという非常に変則的な作りになっている。工藤千夏の最近の動向のなかに「自粛期間中に留守電ひとり芝居オーディオドラマ『居酒屋じぱんぐ〜みーちゃんの行方』をリモートで制作」とあるので、そのままの内容ではないにしても今回の連続ひとり芝居の連作というアイデアはコロナ禍の中でも感染状況にかかわらず、稽古を円滑に進めていくためのアイデアでこうした試みとつながっているのかもしれない。
 作品全体は「犬」というモチーフでつながっている。Part1『山中さんの犬』は山中さんの家にその妻が白い犬を連れてやってきて「知人がこの子を預かってくれというので連れてきた」というような非常に単純な筋立てが、繰り返されるような構成だが、妻を演じたある俳優が一度舞台奥にあるパネル状の舞台装置にはけた後、再び入ってきた時に別の俳優と入れ替わっている。さらにこの作品はおとぎ噺の「花咲か爺さん」の物語を下敷きにしているのだが、俳優と「役」がそれぞれ独立して、複数の俳優の間を「役」が渡り歩くというここ十年程の間に多田淳之介や柴幸男ら青年団周辺の作家によって試みられた演劇的実験からスタートして、今度は舞台からはけた妻だけではなく、男も戻ってきて、ただ椅子にすわってテレビを見ている男のことを「隣の山中さん」と呼び、いまいる場所が山中さんの家であるのかどうかさえ、定かでなくなっていく。最後には別の俳優が突然、犬の役をやりたいなどと言い出し、「役」という概念を流動化するとともに役とそれを演じる俳優という二重構造自体も前景化してみせる。演劇の上演としては極めて実験的な内容ではあるが、観客として見ている限りは演じる俳優が遊んでいるという風にも見えてくる。アイデアは面白いが、先行する東京デスロック「3人いる」(多田淳之介)、「あゆみ」(柴幸男)*1などと比較すると本当にアイデアのみに特化した短編であり、作品に託されたドラマ性に欠くという印象がある。
 連作短編ではあるが、それぞれの作品の生み出す世界観の多様性とショートショート的なアイデアがうまく絡み合っているという意味ではPart2『Five Dogs―5匹の犬にまつわる五つの小さな物語―』は面白かった。あそこまで幻想譚ばかりというのではないが夏目漱石の「夢十夜」を思わせるようなところも感じた。とはいえ、この部分の愉しみの中核の部分は朗読劇という趣向で逆に見えるキャリア豊富な俳優5人の演技合戦ではないかもう少し作品数を増やすかそれぞれの作品を長くして、これだけに絞りこんだ公演というのも面白いのではないかと思った。
 作品全体は「犬」というモチーフでつながっていると書いたが、3本目には犬は出てこない。ただ、徳川綱吉による生類憐みの令があった時代という時代背景を基に現代口語演劇で「敵討ちとは何か」「武士とは何か」を問うような内容となっており、いわば平田オリザ版「忠臣蔵*2の前日譚と言っていい。表題の「中山くん」とは後に赤穂義士として討ち入りにも加わる堀部安兵衛*3のこと。後に堀部家に婿養子に入り、堀部安兵衛となるのだが、この時点では中山安兵衛と名乗っていた。堀部安兵衛は高田の馬場での仇討の助太刀をしたことでも有名であり、その話もこの物語の中での重要なモチーフとして登場する。話としてはなかなか面白いのだがふと疑問に感じたのは赤穂事件に興味を持っていたことがあり、私には「高田の馬場」「仇討」などのキーワードが出てきた時点でどういう話になっていきそうなのかが、ピンときたのだが、この話、現在の普通の観客がどこまで理解できるのだろうかという疑問である。もう少し物語の背景などの説明も付け加えて、これだけで1本の作品として上演すべき内容ではないのか。
公演ができない不満がこんなことになったのかもしれないが、個々の作品にアイデアとしての面白さはあるものの、全体としてはやりたいことが多すぎて絞り込めていないという印象が否定できなかった。Part1はともかくとして、Part2、Part3は内容を練り直して今度はそれぞれ単独の公演に仕立て直す価値があるのではないかと思った。

Part1『山中さんの犬』
Part2『Five Dogs―5匹の犬にまつわる五つの小さな物語―』
Part3『中山くんの縁談』


脚本・演出:工藤千夏
2020年4月の最初の緊急事態宣言で『コーラないんですけど』が中止、自粛期間中に留守電ひとり芝居オーディオドラマ『居酒屋じぱんぐ〜みーちゃんの行方』をリモートで制作、さらに、リベンジするはずだった翌年4月の公演もまた緊急事態宣言で中止、映像収録のみ実施。波乱万丈のコロナ禍の世界を一喜一憂しながら、手をつながずに手を携えて注意深く進む同志と共に挑む新作です!
神様、どうか上演させてください。
工藤千夏



「うさぎ庵」は、劇作家・演出家の工藤千夏(青年団演出部)の個人ユニットです。青年団リンクを離れ、渡辺源四郎商店Presentsの冠でさまざまなアーティストを招いています。『真夜中の太陽』『コーラないんですけど』『だけど涙が出ちゃう』他。

出演
桂憲一(花組芝居) 大井靖彦(花組芝居) 八代進一(花組芝居) 西川浩幸(キャラメルボックス) 山藤貴子(PM/飛ぶ教室) 声の出演:植本純米(花組芝居


スタッフ
舞台美術・宣伝美術イラスト:山下昇平
音響:藤平美保子
照明:伊藤泰行
舞台監督:中⻄隆雄
音響操作:小倉祐子
照明操作(6 日のみ):吉田一弥
宣伝美術:工藤規雄、渡辺佳奈子 プロデュース:佐藤誠
制作:渋井千佳子、奈良岡真弓、秋庭里美、福嶋朋也
制作補:服部悦子、折舘早紀
映像:彩高堂、アップルビジョン
【主催】渡辺源四郎商店、なべげんわーく合同会社
【企画制作】なべげんわーく合同会社
【協力】(一社)進め⻘函連絡船、キューブ、Griffe Inc.、⻘年団、東光不動産、ナッポスナイテッド、花組芝居、PM/飛ぶ教室、山北舞台音響、(有)アゴラ企画、(有)ライターズカンパニー(五十音順)
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