下北沢通信

中西理の下北沢通信

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吉田萌『スティルライフ』@武蔵野美術大学

吉田萌『スティルライフ』@武蔵野美術大旧ガラス工房

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 武蔵野美術大学の卒業制作展の一環として、武蔵野美術大旧ガラス工房=写真上=で上演された吉田萌『スティルライフ』(作・演出 吉田萌)を観劇した。上演された場所はホールとかではなく、普段は空間演出デザイン学科の作品制作のアトリエとして使用されている場所のようで、上記の写真のように壁面がガラス張りとなった空間。入場すると演劇が上演された1階フロア部分ではなく、入って左側の階段を上った手擦りのついた回廊のような場所に通され、手擦り近くに置かれた椅子から真下近くのパフォーマーを見下ろすような形で作品を見るという通常の劇場空間とは印象が異なる観劇体験となった。演者の頭の上から見下ろすようになるため、演技をしている時のそれぞれの表情があまり分からなかったり、広い会場での小声での発話でセリフを聞き取るのが難しかったりする部分が出てきて、フラストレーションに捕らわれるがこれは全体像を見せないようにとの意図的なものだと思われる。
 「スティル」では3人の女性パフォーマー(石田ミヲ 宮城茉帆 吉田萌)がフラグメント(断片)のように短いセリフを発話しそれが配置されていくような仕掛けになっている。セリフの多くはモノローグで、幼い頃暴力的な兄が母親の足をコンパスの針で刺した女性、スポーツジムのようなところに通っている女性、カフェやハンバーガーチェーンなどに思える注文カウンターで注文する女性、車に乗って外を見ていると思われる二人の女性--などを描写した短いシーンが次々と示される。それは一人ではないし、三人にそれぞれ特定の役が振り当てられて、それを演じているわけではないということはテキストが時折ループする時にいつも同じ人物が演じるわけではないとことで知ることができる。そうした断片には複数の演者が同じ仕草で机にうつぶせになったり、黒い衣装の女性がぐるぐると会場フロアの外周部分を周回するような日常的な行為や会話を逸脱した行為も含まれている。
 全体としての印象は淡い。断片的なパートは脳内で合成していくと次第に積み木細工のような何かひとつの物語を構成していくのかとも思い、試みてみるがどうもそういう構造にもなってないようだ。美大の卒業制作展ということで観劇の前にいくつもに絵画作品を見て回ったことも影響しているかもしれぬが、個々の断片から受ける互いに異なるイメージが響きあい、絵画に例えるとコラージュされた抽象でも具象でもない絵画を見せられた時に受けるような感覚に近いのだ。
 不思議なのは作品の最後の部分だけが急に年老いた両親の住む賃貸マンションを探している二人の女性たちと物件を説明する不動産屋の女性の三人による他の部分とはタッチの異なる会話劇となっていること。これで作品の茫洋とした印象は少し薄れて「スティルライフ」つまり「静かな生活」という表題とも響きあうように落とし込まれている。
 ただ、この部分とその前に提示されたフラグメント部分の関係は依然として完全にははっきりとしない。ひょっとしたらこの女性たちとそこには登場しない両親の過去を断片化したしたものだろうかとも考え、脳内で再構築を試みたが、兄のエピソードなどそこにはどうしてもうまくはまらないピースがあるのも確かだ。
 演劇としてスタイルは完全に同種のものは見たことがないが、部分部分では最近の若手の作品と既視感を感じる部分もある。それがどこから来ているのか観劇後不思議に思って吉田萌の経歴を調べてみたが、つい最近ホームページを立ち上げた*1ようで、そこに掲載されたプロフィール*2によると松井周の作品に演出助手として参加、マレビトの会『グッドモーニング』試演会(城崎国際アートセンター)に出演したとあり、そうした作家たちの引力圏にあったのかと腑に落ちた部分もあった。
 ただ、作品の肌触りはマレビトの会出身の関田育子とも青年団演出部の宮崎玲奈とも異なっていて、彼女ならではの何かが今後ますます現れてきそうな予感が感じさせられる。卒業後も演劇活動を継続していく意思はあるようなので、次回作にも注目していきたい*3
 関田と宮崎の名前を出したのは最近の若手作家の作品に物語性の希薄化や余白の重視などある種の共通項を感じることが増えているからだ。青年団演出部周辺にもさらにその外側にいる作家たちにもそうした作風を感じる作家が増えている。広い意味では吉田萌もそういう作家のひとりであると思っており、こうした動きは今後も定着して広がっていきそう。
 以前、平田オリザチェルフィッチュが現代演劇において大きな流れを作っていったように複数の作家が現れることで、新たな潮流が生まれてくるのかどうかを関心をもって注視している*4
 

2022.01.16 11:45開場、12:00開演 90分予定
武蔵野美術大学鷹の台キャンパス 旧ガラス工房

作・演出 吉田 萌
出演   石田ミヲ 宮城茉帆 吉田萌
衣裳   宮城茉帆
戯曲協力 石田ミヲ 宮城茉帆
演出助手 鈴木信太朗
記録撮影 笠原颯太
宣伝美術 高橋温大 笠原颯太
スタッフ 飯盛翔太 小島亜佑子 平田円理 藤巻汐梨
協力   武蔵野美術大学空間演出デザイン学科 鈴木康広 上條桂子 suzuki seminar 8th

*1:www.moeyoshida.com

*2:www.moeyoshida.com

*3:今回の出演者では吉田萌以外に石田ミヲも松田正隆作品に出演していたようなので、松田が見に来た可能性はけっこうありそうだが、どのような感想を持ったか、知りたいところだ。

*4:その静謐な印象から「静かな演劇」というのを思いついたが、すでにこれらとはまったく毛色の違う平田や当時の松田正隆の演劇がそう呼ばれていたので混乱に拍車をかけることにしかならないだろう。