下北沢通信

中西理の下北沢通信

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【連載1回目】「ももクロを聴け!」の堀埜浩二さんにAMEFURASSHI「Drop」について聴く(1)

ももクロを聴け!」の堀埜浩二さんにAMEFURASSHI「Drop」について聴く(1)

AMEFURASSHIがどのような音楽的特徴を持つグループなのかについてはこれまでも私なりに考察を進めてきた*1*2が、普段演劇やダンスパフォーマンスについての文章を各種媒体に執筆してきた身としてパフォーマンスについては専門家という自信はあるが、音楽についてはどちらかというと門外漢。そこで一度専門家に意見を聞いてみたいとかねがね考えていた。そこで今回「ももクロを聴け!ver.3」を出版したばかりの堀埜浩二さんにAMEFURASSHIの音楽について聴いてみることにした。
(ZOOMにて収録)
中西理(以下中西) ももクロももいろクローバーZ)もちょうど「祝典」が出た時期とAMEFURASSHIのアルバム「Drop」が出た時期がちょうど似たような時期でした。

堀埜浩二(以下堀埜) 気を使って少し後ろの方にずらした感じはありますが、ほぼ同時期でしたね。
中西 両方のアルバムを聴き比べてみると両者に共通する特徴もあるとは思うんですが、違いもある。共通すると思うのは楽曲のジャンルの多様性ですね。
愛来は以前AbemaTVに出演していた時に「以前は変幻自在というコンセプトがあったが、今はない」みたいな発言をしたのだけれど、ことさら言わなくなっただけでコンセプト的にはあると思うんです。ももクロもAMEFURASSHIも自分が楽曲制作をしているアーティストではないプロデューサーがアルバムの音楽的方向性を決めているという点では類似の部分があると思っています。ただ、今回のアルバムを聴いて感じたのは同じ多様性といってもももクロとAMEFURASSHIは違いも大きいなとも感じました。このあたりのことをまずお聞きしたいのですが。
堀埜 まずひとつ明確な違いを挙げるとするとボーカルのあり方の違いだと思います。メンバーはたまたま両方とも4人ですが、そのあり方はだいぶ違う。私はアイドルグループを考える時に歌とかボーカルのスタイルをまず重視するのですが、ももクロは4人の声がそれぞれバラバラ。それがユニゾンになったりハーモニーになったりした時でもはっきり分かるというのがある。だから、それぞれの声と言うのをだれかに寄せるということをせずにナチュラルに皆がそれぞれの歌を歌ったコーラスワークというのがある。それが一番の特徴でユニゾンを聴いてもそれぞれの声は聴き分けられるし、誰がどこを歌っているかがはっきりと分かる。あえてその4つの音をなじむようにブレンドしたりするということはしていない。
 一方でAMEFURASSHIの方は特にコーラスやユニゾンで明らかなのはどっちかというと音をぎゅっとまとめにかかるというのがボーカルのスタイルとしては一番違うところ。もともと4人の中で愛来と萌花が圧倒的に歌の力が上だったので、この2人が引っ張るようなところがちょっとあったんですけど、今となっては4人ともすごく均衡したところで歌のレベルが上がっているので、4人がまとめてユニゾンとかコーラスをやっている時にどこを誰が歌っているのかというのはちょっと分かりにくくなっている。それは狙いがスタダのグループではこれまであまりやられていないガールクラッシュ的な路線を狙っているとか、そういう歌い方をした方がいまやっている楽曲のタイプに合いやすいというところにあると思っています。楽曲タイプに歌のパターンが合っているということもあります。仮にももクロが野生児みたいなことがあるとするとAMEFURASSHIはもうちょっと方向感を持ったまとまりのようなことを打ち出しているところは根本的に違う。普通に音楽を聴いている人の感覚からすればAMEFURASSHIはうまい下手で言えばうまいということになる。そこを生かして攻めていくというような戦略をプロデュース側がはっきり取っているというのも見えてくる。
中西 AMEFURASSHIは若くして鍛えあげられているというせいもあるのだけれど、ももクロも今の実力ならAMEFURASSHIと比べて別段遜色があるとも思わないんですが、たぶん、同じ年齢の時のももクロと比べると数段歌の実力はありますよね。
堀埜 後輩チームの方がもともと同じ世代の時には上手いというのは当たり前の話なんです。けれど、それだけスタダのレベルが上がったというのはありますね。
中西 アルバム「Drop」の個々の楽曲についてもお聞きしたいのですが、まず1曲目の「ARTIFICIAL GIRL」はどう思われましたか?
堀埜 一曲目にこれを持ってくるのはけっこう納得で、間に入っている曲というのは先行シングルとかそういうものですでに発表されているものがけっこうありましたよね。やっぱり、リードトラックというのはアルバムの最初に新しい曲でまずかましを入れて、なにが始まるかという期待感をぐっと高めるための曲をかならず持ってこなきゃいけない。そういう意味ではすごくフレッシュな曲でこれが1曲目にあるのは評価できる。

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 曲のトラックの作り方というのがこれは他のグループと比べてやはり路線がK-POP的なものを目指しているので全体的にトラック数がすごく少なくてシンプルなんです。どの曲もそうなんですけど、ほぼ生楽器というか手弾きの楽器は使わないでプログラミングだけで楽曲を成立させている。それがアルバム全体の方向性を端的に示すような曲としても「ARTIFICIAL GIRL」はここにあるのがいい。ここが面白いのはももクロの「5th ALBUM」についての同じことが言えるのだけれど今の洋楽系のダンスものというのはトラック数がものすごく少なくて、メロディーらしいメロディーというのもほぼほぼない。とにかく踊れるということを基準に曲を作る。なのでリズムのトラックというのも一発フィギュアというか形が決まったら、それがあっちいったりこっちいったりしないようにして同じブロックを進んでいってコード進行も極めて少ないコード進行のところにラップであったり、キャッチ―なメロディーを乗せていく。しかし、「ARTIFICIAL GIRL」あるいは他の曲もそうなんですけれど、そういうベースを持ちながら、やっぱり途中で転調したりとか、ちょっとメロディックな要素とかはきちんと入っているんです。それは聴きようによっては完全には洋楽センスではないという聴きようもあるし、アメフラっていうのは洋楽的なもの、K-POP的なものに振りながらも軸足というのは日本のアイドルみたいなところをきちんと持ったままやりますよというメッセージににも聴こえるということがほぼ全ての曲に言える。たぶん、プロデュース側のオーダーが完全に100%振り切らんとってくれというとこらへんは出していると思っている。ある程度は振ってもいいけど邦楽としての良さ、歌謡曲的なもの、アイドルポップのよさはキープした中で幅として振ってほしい。
中西 この曲ってジャンルからいうとファンクですか?
堀埜 いや、そういう意味ではファンク要素ってほぼほぼない。
中西 愛来ブルーノ・マーズみたいな曲と言ってましたが。
堀埜 ブルーノ・マーズに近いファンクに寄ってはいますが、アメフラの曲というのはビートの組み方とかが四つ打ちの16ビート。全体としてはレイヴっぽいというか、エイティーズからナインティーズのディスコの感じの延長上でやっていると思います。

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