下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「踊りに行くぜ!!」in青森@青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸

踊りに行くぜ!!in青森(青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸)を観劇。

出演=長内真理(青森)「0to1」/松本芽紅見・森川弘和(京都)「椅子のある部屋」/ ピンク(東京)「子羊たちの夕焼けボート」/近藤良平(東京)「パパ・ユーア・クレイジー」


今年の「踊りに行くぜ!!」in青森の会場となった「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」*1というのは青函航路の青森発最終便となった青函連絡船八甲田丸をそのまま利用した日本発の鉄道連絡線ミュージアムである。青森県での「踊りに行くぜ!!」は昨年、弘前のアートスペース・デネガに引き続き、2回目の開催だが、その際に問題となったのは青森には「踊りに行くぜ!!」を上演可能な小劇場スペースがほとんどない、ということであった。
 そこには地方でのバレエやモダンダンスなどの既存のダンスジャンルの公演や発表会は観客の多寡を問わずに市民会館のような大劇場で上演せざるをえないという地方における舞台芸術のインフラの貧しさが背景としてあるのではあるが、コンテンポラリーダンスの特異性ということもあって、そういう状況をいわば逆手にとって、こういう劇場じゃない面白い場所を公演場所にすることができるというのも「踊りに行くぜ!!」の強みということができるかもしれない。
 鉄道連絡線ミュージアムといっても青函連絡船八甲田丸をそのまま利用したとあるように多少見にくいが上の写真を参照していただければ分かるように八甲田丸は岸壁に接岸されたままになっているとはいえ、青函連絡船そのものなのである。今回の公演はこの船の八甲田丸船底と上部甲板の2ヵ所を移動して行われ、それぞれ2組づつ計4組のパフォーマーが船の上で踊った。
 船底というのはもともと青函連絡船が運航していたときには列車の入る場所として使われていた空間で空間としては倉庫を思わせるような相当に広大な空間である(写真下参照)。パフォーマンス自体の写真は撮影できないのでどういう空間かが分かるようなサイトがないかと探したらこの公演の後、10月28日に地元、青森を代表する舞踏家、福士正一がこの同じ場所で踊った公演を紹介しているサイト*2を見つけたので、こちらも参照していただきたいが、むき出しの金属が銀色に光る壁をはじめ、青函連絡船の歴史を含めてこの場所ならではの「場の持つ力」を感じさせる空間で、もちろん、劇場ではないので舞台芸術を上演する空間としては照明の仕込みには限界があり、完全暗転はきかないなどけっして踊りやすい空間ではないのにもかかわらず力量のあるダンサーが踊る時、逆にそういう条件を味方にしてしまうダンスの力というものを感じさせる公演ともなった。
 ここでは長内真理と松本芽紅見・森川弘和の2組が踊ったが、長内真理の「0to1」は両サイドの柱など空間を利用するなどこの場所ならではの即興性の強いソロダンス。この人のダンスを見たのは初めてだが、弘前劇場長谷川孝治が演出する県民参加演劇でダンス場面の振付を担当するなど地元では知られた存在のようだ。
 アメリカでモダンダンスを学んだ後、地元に戻って活動しているダンサー・振付家のようで、ムーブメントや趣向に新味が乏しいのはいなめないもののダンサーとしての力量は相当のものであると感じさせられた。
 一方、松本芽紅見・森川弘和は本来はこちらも技量に優れたダンサー同士のデュオであり、期待したのだが、この作品はもともと劇場用に作りこんできたハードエッジでタイトな動きのデュオ作品であり、その意味ではこの場所で踊るということに関しては若干苦戦している印象もあった。長内真理のダンスは比較的スローなムーブを主体としたものであり、この空間での不利は感じなかったが、こちらはスピード感溢れる移動から突然静止するというような身体的負荷がかかる動きが繰り返されるようなところがあり、ここの床はリノリウムというわけではなかったので、靴を履いて踊らざるをえなかったのだが、それでも床が足をとられやすいあるいは靴ゆえにすべらないなどの複数の要因もあって、以前に大阪の劇場で見た時に比べると動きのシャープさとしては下手をすると半減というようなところも感じられて、作品的に難しかったかなと思わされるところもあった。もともと、照明効果をふんだんに活用する作品であるということもあって、その意味でも彼らにはこの条件はややきつかったかなと思わされた。この後、大阪のアートシアターdBでも上演され、観劇する予定なので、この作品がどうなのかということについてはそのときまで判断を待ちたいと思う。
 一方、後半の2作品は野外というのは船の上だから表現が変だが、上部甲板に移動して上演された。実は会場では船底にいたときから空調は当然ないのでポケットカイロが配布されて、ひょっとしたら外は寒いのではの予感はあったのだが、まだ10月とはいえ夜風が染みる青森の野外はやはり厳しい寒さであった。これも劇場じゃない場所での公演の醍醐味だといえばいえなくもないのだけれど、青森の10月を舐めて分厚いコート、セーターの完全防寒を用意していかなかったことが悔やまれた。
 そのため、正直言って最初に上演されたピンクはちょっと厳しいものがあった。黒沢美香の門下、東京では一部に人たちに評判が高い若手ユニットであるが、この日見る限りはただ元気に踊ってるにすぎない印象。それでも最初の方の音楽に合わせて、動いていたところはまだ寒くても我慢して見られていたのだが、後半の部分は条件の悪さはあるとはいえ、動きの精度が低いのが気になって集中が難しい状態となってしまった。こちらも大阪でもう一度見るので作品としての判断はそこまで待つことにしたいが、残念ながらこの日の公演を見たのではまだまだという感じで、なぜ選ばれてきたのか少し理解に苦しむところがあった。
 青森のしかも青函連絡船だ。なんといっても演歌の世界である、さすがにまだ冬本番じゃないから「津軽海峡冬景色」ではなかったが、奈良美智を見ていた昼間は暖かくいい気候だったのが、ここまで冷え込むとは(笑い)。恐るべし青森であった。
 作品の方向性ということもあるが、その点ではやはり近藤良平はさすがだと思った。観劇環境が厳しいと逆にダンサー、エンターティナーとしてのこの人の人を飽きさせないサービス精神、楽しませる力はより一層輝きを増してくる。「パパ・ユーア・クレイジー」は娘との交流を作品化したほのぼのとした作品でもし劇場で見ていたら、楽しいけれど作品に深みがいまひとつとかいいかねないところがなくもないのだが(笑い)、この日の私の心境では彼の温かみのある表現に寒いなかで部屋のなかで燃え上がっている暖炉の煌々とした火を見せられたマッチ売りの少女のような思いがしたのである。
 そして、公演が終わって打ち上げの席でおいしい魚に舌鼓を打ってみれば、この寒かったことものど元すぎれば熱さを忘れるの類か、得がたい経験をしたいい思い出に思えてくるから不思議である(笑い)。この間、今回見た
「踊りに行くぜ!!」でどこが面白かったかと聞かれた時には間髪いれずに「青森かな」とこたえていたしな。終演後には弘前劇場の山田モモジを呼び出して話ができたし、「スケジュール的に厳しくて」とか最初は言ってた彼が近藤良平に声をかけられて誘われて、次の公演を見ることになったみたいだし、山田は以前からダンスに興味を持っていたようで公演を見てもらいたかったので、個人的にはそれも今年の収穫だと思ったのである。
 弘前劇場は公演も多くて大変だとは思うけれど、彼なんかが演劇のかたわら自分でダンス作品を作って*3地元の選考会に応募してくるようになると青森県コンテンポラリーダンスの状況も変わるのではと個人的には期待してるのだけれど。
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