下北沢通信

中西理の下北沢通信

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連載)平成の舞台芸術回想録第二部(7) 青森中央高校演劇部「もしイタ」

平成の舞台芸術回想録第二部(7) 青森中央高校演劇部「もしイタ」

 平成の舞台芸術を回想していくうえで、青森県に本拠を置く、劇作家、演出家畑澤聖悟のことを落とすことはできない。ただ、当初は彼の弘前劇場*1時代の群像会話劇の秀作「月と牛の耳」*2を選ぼうと考えていたが、よくよく考えた結果、高校演劇の作品ではあるが、畑澤が顧問を務める青森県立青森中央高校演劇部による震災劇の「もしイタ ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」(2011年9月初演)をはずすことはできないと考え、これを選ぶことに決めた。
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 「もしイタ」は東日本大震災によってチームメイトや家族を失い、青森に転校してきた主人公の成長を描く群像劇である。青森のイタコが弱小野球部の監督になり、選手にイタコの修行をさせて往年の名投手、沢村栄治の霊を下ろすことにより、青森県予選で連戦連勝の快進撃をするという痛快なスポーツドラマだが、話の展開の面白さに大笑いしているうちに、「なぜイタコなのか」という理由など物語に仕掛けられた隠された趣向に気が付いた時、思わず魂を揺さぶられることになる。
 この作品では舞台装置や小道具を用いることをせず、照明も音響もいっさい使用しない。なにもない場所で演劇部員全員が身体ひとつで駆け回り、歌を歌い、効果音も肉声で発する。これはもともと「被災した人のためになにかしたい」という部員の希望から生まれたために避難所や集会所など「どこでもやれる」必要があったこともあるが、この集団演技は青森中央のお家芸となり、その後の高校演劇の演技スタイルにも大きな影響を与えた。
 この作品以前に畑澤は弘前中央高校演劇部を率いて全国大会に進出した際の作品「ひろさきのあゆみ」(柴幸男作、畑澤聖悟潤色・演出)で素舞台で身体ひとつで劇世界を立ち上げるという試みを敢行した。
 これはあゆみという一人の女性の生涯を出演者全員で次々にリレー式に演じていくというままごと「あゆみ」(柴幸男作演出)の手法をそのまま取り入れたものであったが、「もしイタ」もこうしたポストゼロ年代演劇の手法の延長線上にある試みであったということもできるかもしれない*3。 
 高校演劇として第58回全国高等学校演劇大会(2012年)で最優秀賞を受賞、同校演劇部として3度目の日本一を獲得した。コンクールのための作品でもあったが、その後も毎年、新たなキャストにより再演を繰り返し、八戸市気仙沼市、大船渡市、釜石市久慈市仙台市などの被災地を含む全国各地で上演。2014年11月には東京の「フェスティバル/トーキョー」、同年4月には韓国ソウルで行われた国際芸術祭「フェスティバル・ボム」でも上演され、高校演劇の枠を超えた高い評価を得た。
 畑澤は1991年弘前劇場に入団、中心俳優として活動。2000年からは劇作・演出も兼任し、退団する2005年までに計8公演の作・演出を担当。そのほか、青森演劇鑑賞協会のプロデュースによる市民参加劇「渡辺源四郎の一日」でも作・演出を担当し、評判を呼んだ。
 「俺の屍(かばね)を越えていけ」で日本劇作家大会2005熊本大会・短編戯曲コンクール最優秀賞を受賞。ともに受賞はならなかったが、「親の顔が見たい」(2008年)で鶴屋南北戯曲賞最終候補、「翔べ!原子力ロボむつ」(2012年)で岸田國士戯曲賞最終候補になった。劇団民藝「カミサマの恋」「満天の桜」、劇団昴猫の恋、昴は天にのぼりつめ」「親の顔が見たい」「イノセント・ピープル」、青年劇場「修学旅行」など有力新劇団への書き下ろし作品も手掛ける人気劇作家にもなった。
 当初、取り上げる予定であった「月と牛の耳」は弘前劇場時代の作品だが、順行性健忘症という記憶障害を患った空手家と彼の家族を巡る物語。谷省吾が率いる「いるかHotel」が関西に舞台を移した関西弁バージョンを上演したほか、渡辺源四郎商店でも多田淳之介が演出、東京デスロックとの合同公演として上演している。格闘技好きなど畑澤の個性を生かしながら、津軽弁を取り入れた群像会話劇として弘前劇場のスタイルを色濃く残した作品となっていた。
 その後も地域の言葉(津軽弁など)を生かした現代口語劇は畑澤の作劇の柱となっていたが、渡辺源四郎商店の作品も集団演技による身体表現の要素が強い群像劇への変容を遂げた。そうした作風の変容につながるきっかけとなったのが、「もしイタ」「翔べ!原子力ロボむつ」*4など青森中央高校演劇部による作品だったのである。
 上記の2作品は本広克行監督にも大きな衝撃を与え、それはももクロ主演の映画「幕が上がる」でも見ることができる。

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*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:さらにこれは本人には未確認だが、明らかに惑星ピスタチオを思わせる部分はあり、参照しているのは間違いないと思う。

*4:simokitazawa.hatenablog.com