下北沢通信

中西理の下北沢通信

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月刊根本宗子第18号「もっとも大いなる愛へ」@本多劇場(無観客生配信)

月刊根本宗子第18号「もっとも大いなる愛へ」@本多劇場(無観客生配信)

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演劇の生配信といっても劇場での上演をただ中継するようなものが多い中で、月間根本宗子は興味深い実験であった。さらにいえばこうした試みを小規模な劇場で行うのではなく、すでに有観客の公演が行われている本多劇場で行うとことが画期的であった。
一組は学生と思われる男女(伊藤万理華、小日向星一)、もう一組は姉妹(藤松祥子、安川まり)のコミュニケーションのすれ違いの物語。互いに愛情を持っていながら、分かり合えないもどかしさは普遍的な主題でもありながら、コロナ禍の現代の世相を反映しているのかもしれないと思えてきた。
 いわゆる普通にある舞台やテレビドラマのように分かりやすい感情を提示していないのが。この作品の興味深いところだ。伊藤万理華演じる女は小日向星一演じる男に呼ばれて、喫茶店のような場所でお茶をしている。彼女はどうやら何か相談事があるらしい男性に自分はその男に好意を持っていて彼の助けになりたいんだというようなことを冗舌に伝えようとするのだが、話せば話すほど彼女の思いは伝わらず、思いも空転し、男に「何を考えているのか分からない」と言われてしまう。それはかならずしも全面的に彼女を否定するものではないのだけれど、彼女にはネガティブなものにしか受けとることができない。
 一方、別の場所ではホテルに長期滞在している姉(安川まり)の元に妹(藤松祥子)が訪ねてくる。整理整頓や家事がてきぱきとできる妹とは違い姉には家事ができない。洗濯物を何日分もため込んだりしているうちに家がメチャクチャになり、そのままホテルに逃げ込んできたのだ。しかも働きにも出ていないから収入もなく、ホテル代も払うことができなくなっている。妹は何とか姉を助けたいが、いろんなことができる妹に対して劣等感を持つ姉は妹が「こうしたらいい」という案を提案すればするほどネガティブな感情にさいなまれて二人の間はうまい具合に意思の疎通ができない。
 この舞台ではこの二つの関係が交互に語られて、ディスコミュニケーション的状況が進行していくのが対比されていく。物語が観客の興味のドライビングフォースにはなっていかず、それぞれの俳優の微妙な感情の揺れを丁寧に演じることにより、関係の揺らぎが提示されていくことになる。その演技、そしてそれに対する演出的フィードバックはきわめて繊細なもので、観客が自ら能動的に関係性を読み取るということをしないと「訳が分からない」まま終わってしまうかもしれない。
 特に伊藤万理華と藤松祥子の二人と根本宗子との間には深い信頼関係があることが伺えた。そのフィードバックも阿吽の呼吸めいたものが感じられた。それが見られたのがこの配信演劇の最大の見どころだったかもしれない。
 「演劇」と呼んでいいのかどうかには議論があるかもしれない。それというのはこの作品では生配信、つまりリアルタイムで舞台上で起こっていることを配信先の観客に伝えるのではあるけれど、映像は舞台上をハンディーカメラを持って動き回っているカメラマン(二宮ユーキ)が撮影している。カメラはその1台だけでスイッチング(切り替え)なしで回り続けている。そこが同じ映像でも映画とは決定的に異なるところで、あえて似たものを探せば取材者自身がカメラを操作する映像ドキュメンタリーだろうか。映像ながらいわゆる従来の舞台中継とはまったく異なる作品なのである。
 本番後には作演出の根本宗子による俳優へのフィードバック(いわゆる演出家による「ダメ出し」だが、最近はこう呼ばれることも多いようだ)も中継される。そしてそれが上演期間を通して毎日繰り返されることで、上演期間を通じての毎日の舞台の微妙な変化も味わうことができるという仕掛けになっている。

・根本宗子の完全オリジナルの新作
・稽古は完全リモート、俳優同士が対面するのは劇場入りの日、つまり初日の前夜。
・毎公演、本編終演後、翌日に向けた稽古、演出家と俳優のフィードバックの時間もそのまま生配信。つまり千秋楽までの製作過程がお客様に配信される。
・完全無観客、本多劇場より生配信

公式サイトでは今回の公演についていくつかのポイントを提示しているが、特筆すべきなのは「稽古は完全リモート、俳優同士が対面するのは劇場入りの日、つまり初日の前夜。」としていることだ。
 ことコロナに対しては演劇をはじめとするエンタメ産業が大きな打撃を受けたが、非常事態宣言の休止を受けて、有観客の公演なども増えてきているなかで、コロナに対する対応の違いが改めて浮き彫りになっているように思われる。
 興味深いのはその点において、世代間による隔たりがかなり大きく感じられることだ。根本宗子もその一人だが若手の演劇人がコロナ以降は従来のやり方に対する根本的に見直しが必要で、配信やリモートをはじめ新たな形態の公演の模索を積極的に行っているのに対して、中劇場以上を使用するベテランの作家、演出家にはコロナ対策に気をつけながらも一刻も早く以前通りの公演をやりたいと前のめりの姿勢が目立つような気がする。本多劇場でも前後の公演は客席数は多少減らしているかもしれないがすべてが観客を入れての公演である。
 配信公演の最大の課題は配信チケット収入で公演費用をまかなうことができるかどうかであり、この公演についてもそのことの成否は不明なのだが、類似の規格の多くがきわめて小規模であったり、公立ホールで採算性がある程度度外視できることを考えるとこの公演の収支はどうだったのかについてぜひ知りたいところである。
 

出演
伊藤万理華
藤松祥子
小日向星一
安川まり
riko

(事前収録の映像出演)
根本宗子
大森靖子 ※7日のみ、大森靖子が生出演・生歌唱

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