下北沢通信

中西理の下北沢通信

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小田尚稔の演劇「罪と愛」@こまばアゴラ劇場

小田尚稔の演劇「罪と愛」@こまばアゴラ劇場

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小田尚稔の作品を称して「連鎖ひとり芝居」と表現したこともあるが、それはこれまでの小田の作品では作品には多人数の人物が登場しても、ひとつの場面に登場しているのはひとりだけで、全体としてそれが連鎖するような形式でつながっていたからだ。
ところが今回の新作「罪と愛」では人物同士の対話(ダイアローグ)が多用されて、登場人物が一人の場合でも、その人物についての様々な付随情報を語る第三者が「語り」として登場するなどすることで、作品世界の構成を複雑なものとする形に進化させてきた。
それでいてユニークなのはその話法が平田オリザ以来30年間現代演劇の主流となってきた群像会話劇のスタイルにも、いわばそのアンチテーゼとして登場してきたチェルフィッチュ岡田利規)的なモノローグ劇にもなっていないことだ。
今回のスタイルでの叙述はまだ試行錯誤の段階であるとも思われるが、スタディック(静的)にも感じられたそれまでの小田尚稔の世界からよりダイナミズム(動的)な世界描写への志向が感じられ、現代社会の空気感をビビッドに描き出すという意味では刺激的な試みに踏み出したという風に感じた。
「小田尚稔の演劇」のもうひとつの特徴は文学における古典を下敷きにしてそれを現代日本の問題にパラフレーズしていくことだ。今回はドストエフスキーの「罪と罰」を下敷きにしており、作中にも原作のテキストの一部が引用され、朗読される。とはいえ、作品自体は「罪と罰」でドストエフスキーが描き出した物語やその作品世界が問題とした問題群との直接の関連性はかなり低い。
この作品には3人の主要な登場人物(男性)が登場するが、これはいずれも作者である 小田尚稔自身の分身のような人物に思えてくる。そのうちひとりは舞台公演をやるとしている劇作家であり、おそらくこれが一番作者本人に近い人物として描かれている。しかし、もうひとりの家主の老婆を殺そうとテロ行為を画策する男*1も自らが追い込まれた状況の絶望感に自殺をしようとする男にしてもそれぞれがまったく別の人物という風にも描かれておらず、それぞれ人物の行為について誰が何をしていたかについても一応、書き分けられてはいても意図的に混同させるようなやり方もされている。
この作品には直接コロナへの言及はないのだから、もともと社会との折り合いがそれほどよくなかったのがコロナ禍により、困窮して社会からの軋轢で閉塞している現代の若者(作者自身もそこに入る)の閉そく感がドストエフスキーが描き出した帝政ロシア末期のロシアの若者閉そく感と二重写しになっていて、その一点においてのみ「罪と罰」とこの「罪と愛」は繋がっているのではないかと思った。
 

脚本・演出:小田尚稔

出演
加賀田玲 串尾一輝 久世直樹 土屋光 新田佑梨 宮本彩花 冷牟田敬 藤家矢麻刀 細井じゅん 渡邊まな実

恥ずかしながら、私自身困窮しながら生活をしております。「貧乏」とは上手に付き合いたいです。ドストエフスキーは「貧乏」について次のように述べています。「貧は罪ならず、これは真理ですよ。〔略〕しかし、貧乏もどん底になると、いいですか、このどん底というやつは――罪悪ですよ。」ドストエフスキー罪と罰』(工藤精一郎訳、新潮文庫、1987年、22頁)。そして他方、それとは別に最近は周囲に愛情を持って接することが出来るのかということについて考えたりもしています。
今回は上記のことを念頭に置きながら「罪(Sin)」(Crimeというよりは道徳上の罪というニュアンスの方が適当な気がしたのでSinを使いました)と「愛(Love)」について自分なりに探求しながら上演作品として仕上げたいです。

小田尚稔
2015年より劇作活動を始める。主に哲学・思想に関する文献を参照しながらオリジナルの戯曲を書き上演作品をつくる。
上記のような題材を扱いながらも「いつでも、どこでも、誰にでも」伝わるような普遍性のある作品づくりを心掛けて劇作を行っている。
2018年には滝口悠生氏の長編小説『高架線』の演劇化も手掛けた。
スタッフ
脚本・演出:小田尚稔
音楽:土屋光 冷牟田敬
音響:土屋光
照明:小駒豪
映像:南香好
舞台監督:日下部真紀 黒澤多生
広報:東京はるかに
宣伝美術:渡邊まな実
演出助手:木村友里 久世直樹 高田隼也 宮本彩花
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:蜂巣もも(アゴラ企画)
制作協力:曽根千智(アゴラ企画)

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*1:彼が一番ラスコーリニコフに近いかもしれない。