下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ジブリ以降のアニメとも親和性。切ない幕切れの幻想譚で、このままアニメ化できそう。このしたやみ「猫を探す」@こまばアゴラ劇場

このしたやみ「猫を探す」@こまばアゴラ劇場

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このしたやみ「猫を探す」は広田ゆうみ、二口大学による二人芝居。どちらも関西を代表する俳優と言ってもいいと思うのだが、東京に来て舞台に出演するということはあまりないのでひさびさに見ることができた。この作品は広田ゆうみが演じる複数の人物のほかに小説で言う地の文のようなところの語りも担うような構成になっていて、彼女の声がとても魅力的だとあらためて思った。
広田の演技で今でも色濃く記憶に残っているのがマレビトの会「血の婚礼」(2008年5月、京都アトリエ劇研)*1での演技。その時の感想レビューには「舞台上で独特のフレージング(台詞回し)の技法を見せ、様式において安定感を感じさせるのは母親役の広田の演技なのだが、それはあくまで彼女の個人的なものであり、その演技がこの公演の規範となる演技という風にはなっていない」と当時のマレビトの会についての分析を書いたが、この「猫を探す」の最初のナレーション的な部分の語りのくだりを聴いただけで、10年以上の前のその時の記憶が鮮やかに蘇った。脚本は新作なのでどこまで広田に向けてあてがきしたものなのかは分からないのだが*2、結果的にはこの作品は広田にタイプの異なる複数の女性キャラを演じさせることで彼女の魅力を存分に引き出すことになっていたのではないかと思う。
一方で、二口大学は初老のさえない男の役柄をそのひとそのものと思えるほど自然に演じていて、この技巧をまったく感じさせないような朴訥な役作りはこの人の個性で、とても好感が持てた。山口浩章の演出はこの戯曲を演劇として立ち上げていくにあたって、オーソドックスだが的確で、職人的に確かな腕前を感じさせた。
ただ、やはりこの舞台を忘れがたいものにしているのは永山智行の戯曲だ。ちょっと一昔前の文学を思わせるようなところがあって、なんでこんな古風な味わいを現代の舞台にと思わなくもないが、50年前の男の日記を拾うという冒頭からはじまり、そこに書かれていた日記の主の愛猫の失踪。その日記に導かれるようにして、なぜか日記の男と同じように絶対いるはずのない存在しない猫を探し始める男。50年の時を隔てて、シンクロしていく孤独な二人の男という設定がとてもいい。そして、なぜか男の元に謎の女が現れて、男が昔親身になって相談に乗ったことがある洪水によって行方不明になった女性の母と名乗る。
その女の正体は突然消えてしまった後も分からないのだが、ただひとつ明らかなのはこの物語が「夕鶴」あるいは「鶴の恩返し」を下敷きにしていることだろう。そのことは食事の準備をしている時に「絶対覗いてはいけない」などと話すことから、明らかで、それが何らかの霊的な存在であることまでは推察されても男が探していた猫の化身なのか、それとも亡くなった少女への男の未練が生み出した架空の存在なのか、そこはあえてどうとでもとれるように意図的にぼかされている余韻もこの舞台の魅力となっている。
「ちょっと一昔前の文学を思わせるようなところがあって、なんでこんな古風な味わいを現代の舞台にと思わなくもない」と評したが、この作品の内容はジブリ以降のアニメーションとも親和性がある。切ない幕切れの幻想譚で、このままアニメ化できそうにも思えてきた。ただ古風というだけでなく、そういう意味での現代性はあるのかもしれない。

脚本:永山智行(劇団こふく劇場) 演出:山口浩章
ある男が火事の焼け跡から、日記を見つける。 それは50年ほど昔の、その家に住んでいた男の日記だった。
その日記の中で、50年前の男はいなくなった猫を必死に探している。
それを読んだ男は、50年前の男と同じように、電信柱にその猫を探すための張り紙をしてみる。そこからはじまる不思議な出来事。
50年前の猫は、見つかるのだろうか・・・
京都を拠点に国内外でこれまでチェーホフ岸田國士などの上演を行ってきた、このしたやみが、宮崎・こふく劇場 永山智行の書き下ろし作品を上演


このしたやみ

2007年、演出:山口浩章、俳優:広田ゆうみ・二口大学の3人により結成。チェーホフ「熊」、岸田國士紙風船」、三島由紀夫道成寺」、太宰治江戸川乱歩安部公房などの作品を上演。山口は2011年利賀演劇人コンクールにおいて「紙風船」で優秀演劇人賞を受賞、2013年から2015年までロシア・サンクトペテルブルク国立舞台芸術アカデミーに留学。上演は国内だけでなく、韓国・ロシアなどでも行っている。


出演
広田ゆうみ、二口大学

スタッフ
舞台監督:山中秀一(有限会社現場サイド)
照明:渡川知彦
音響:有限会社現場サイド
舞台美術:有限会社現場サイド
宣伝美術:橋本純司(橋本デザイン室)
企画・制作:油田晃(特定非営利活動法人パフォーミングアーツネットワークみえ)

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:語りの部分はどちらが担ってもいいような構造になっており、場合によっては演出の判断でこの構成にした可能性はある。