下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

オフィスコットーネプロデュース 大竹野正典没後10年記念公演 第5弾「サヨナフ―ピストル連続射殺魔ノリオの青春」@シアター711

フィスコットーネプロデュース 大竹野正典没後10年記念公演 第5弾「サヨナフ―ピストル連続射殺魔ノリオの青春」@シアター711


大竹野正典の作品には悲惨な境遇から自らを持て余して残虐な犯罪に手を染める男たちがよく登場するが、ピストル連続射殺魔永山則夫を描いた「サヨナフ―ピストル連続射殺魔ノリオの青春」もそうした作品のひとつだ。これまでも大竹野自身の演出によるくじら企画による初演や再演、シライケイタ演出のオフィスコットーネプロデュースによる上演などさまざまなバージョンの舞台を見てきたが、今回は文学座から演出に松本祐子を迎えての上演となった。

「サヨナフ―ピストル連続射殺魔ノリオの青春(舞台写真=オフィスコットーネ提供)
舞台の冒頭シーンから主人公を「ナガヤマ先生」と呼び、太鼓持ちのような追従をしゃべり続ける4人の黒い服の男たちが登場するのだが、しばらく芝居を見ているとこの男たちが全員永山則夫に射殺された被害者の男たちでこれは永山則夫の妄想のなかの心象風景だということが次第に分かってくるのである。
「サヨナフ」は連続射殺事件の永山則夫の伝記的な事実を基にその生涯を描いた一種の評伝劇ではあるが、伝記的な事実をただ再現するというのではなくて、主役のノリオが少年ノリオと大人になってからのノリオの二人一役になっていたり、実際には存在しない黒服の男たちのような様々な虚構と現実が交錯して構築されているのが特徴。
母親が子供を捨てて家を出ていくときに書き残した手紙に書かれていた「サヨナラ」の文字が母親が教育を受けておらずカタカナが書けなかったために「サヨナフ」となってしまったというおかしくも悲しいエピソードが作品のメインのモチーフとなっていることもあって、初演のくじら企画の上演では子供時代のノリオの役の方が主で大人のノリオはその背後に存在する陰のような存在に見えた。
しかし、今回改めてこの作品を見直してみてはっきり分かったのは作品構成から考えるとやはり主役はあくまで大人のノリオであるように思え、この舞台では演出上からもそのように作られている。
それが初演では逆に見えたのは少年ノリオを演じた女優川田陽子の圧倒的な存在感があったからであろう。もっとも「ピストル連続射殺魔ノリオの青春」とつけられている副題は少年時代のノリオに焦点を合わせた部分もある。少年時代のノリオに男優を配し、どちらかというとリアルに演じさせた今回の上演と女優が少年を演じるという日本の小劇場演劇が得意とする文法を存分に活用した初演の演出には生粋の小劇場育ちの大竹野正典の演出とリアリズムを重視する新劇畑の演出家である松本祐子、やはりどちらかというとそちら新劇系列の人であるオフィスコットーネのプロデューサーによる企画では招聘する演出家も後者になりがちだが、今回の上演を見て分かるのは大竹野戯曲の普遍性。同一の戯曲からどちらの方向性の作品としても立ち上げることができるということが、作品の発表から数十年を経過した現代でもその作品が古びない理由ではないかと思ったのである。

2022年3月11日(金)~21日(月・祝)
東京都 シアター711

作:大竹野正典
演出:松本祐子
出演:池下重大、清水直子、水野あや、本間剛、吉田テツタ、小野健太郎、深澤嵐、辻親八