しあわせ学級崩壊「終息点」@吉祥寺シアター
EDM(エレクトロニックダンスミュージック)に乗せて、マイクによるセリフの朗唱を展開していくというというのがしあわせ学級崩壊のスタイルであった*1が、同じ音楽でも今回は爆音のノイズ系音楽(ミュージック)に絡ませたセリフの朗唱。ノイズ系音楽とは書いたが一定のリズムを刻む時計の音のような音が芝居全体の基調低音のように流れ続けており、それが不気味な空気感で作品全体を覆いつくしている。セリフも一見日常的な会話のやりとりが続くように思わせながら、見ているうちに現実と幻想の区別がつかなくなってくるような複雑な構造となっていて、狂気と現実の腑分けが見てるうちにつかなくなってくるという構造は夢野久作の「ドグラマグラ」を思わせるようなところもあるのだ。
都心から少し離れた一軒家。時計の針と鐘の音が絶えず響いている。三年前の火事で焼け落ちた家に、くたびれた様子の一家がひっそりと住んでいる。小説家を自称する夫は、認知症の妻と足の不自由な義妹を世話しながら、時代に取り残されたように暮らしている。地下には座敷童子と呼ばれる少女が棲みついており、夜な夜な息苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
周辺地域では都市の再開発計画が進められており、この区画も立ち退きの対象となっている。その交渉のため役人が家を訪れるが、夫からの回答は的を得ていない。一家の異様な雰囲気にたじろぎつつ、やがて役人はこの家の住人となるよう夫に懐柔され…
劇団サイトには上記のようなあらすじが記載されている。それは間違いではないのだが、「ドグラマグラ」を例に挙げたのは冒頭の場面でおかしな家族が暮らす家に役人という人が訪問することから、この廃屋に巣くうのはどんな魑魅魍魎の類かとここで描かれていることの何が現実(うつつ)で何があやかしなのかを探ろうというような一種の謎解きのような構造と見せかけて、物語がはじまりながらもシーンごとに提示されている人物構図が反転したり、ずれたりすることで何が起こっているのかが解明されるどころか、どんどん不可解なものとなっていく。
「終息点」の印象をひとことで言うと不安を掻き立てるような鋭い音や見えそうで見えない様な照明効果などからも黒沢清のホラー映画などを連想させるのだが、黒沢の映画のように怪異がはっきりと起こるというよりは観客の現実認識に揺さぶりをかけることで、感情のさざ波のようなものを引き起こすというのが狙いであるのかもしれない。演劇の構造として似ているものを探せば別役実などが想起されるが、通常の別役芝居とは上演の形式がまったく違うため、いままであまり見たことのない何かを見せられているという印象を受けた。
これまでのしあわせ学級崩壊の作品はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」をはじめオリジナルのストーリーにおいてもカタストロフィーへ向かって直線的に進行していく物語をEDMのBPMが次第に加速していくような高揚感にのせて展開していくようなものが多かった。そこにはある種の快感はあったけれども、本来複雑なはずの現実が音楽の構造に合わせて単純化されてしまうようなきらいがなくもなかった。
「終息点」ではそういう複雑な関係性をまるのまま捕えようという意思が感じられた。新たなスタイルはまだ試みられたばかりで、不安定な要素が強いが、今後ここからどのようなものが出てくるのかに注目したいと思わせる音楽劇としての新たな可能性は感じた。
生活の歪、その断片が刻む音。
脚本・演出・音楽・演奏
僻みひなた
都心から少し離れた一軒家。時計の針と鐘の音が絶えず響いている。三年前の火事で焼け落ちた家に、くたびれた様子の一家がひっそりと住んでいる。
小説家を自称する夫は、認知症の妻と足の不自由な義妹を世話しながら、時代に取り残されたように暮らしている。地下には座敷童子と呼ばれる少女が棲みついており、夜な夜な息苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
周辺地域では都市の再開発計画が進められており、この区画も立ち退きの対象となっている。その交渉のため役人が家を訪れるが、夫からの回答は的を得ていない。一家の異様な雰囲気にたじろぎつつ、やがて役人はこの家の住人となるよう夫に懐柔され…
日時
2021年7月16日(金)→18日(日)
感染拡大防止対策について
スタッフ
脚本・演出・音楽・演奏:僻みひなた
音響:深澤大青
衣装・宣伝美術:西田麻梨果
企画制作:上岡実来、林揚羽(以上、しあわせ学級崩壊)
制作:斎藤理佐、佐々木美優
舞台監督:小川陽子
舞台美術:板倉勇人
照明:緒方稔記(黒猿)
映像撮影:屋上
写真撮影:Yoshiyuki、淺井圭介
WEB:小林タクシー、阿波屋鮎美
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団
アーツカウンシル東京