下北沢通信

中西理の下北沢通信

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中山莉子(私立恵比寿中学)がわがままアイドル役好演、横山由依も難役に挑戦。ブランニューオペレッタ『Cape jasmine(ケープ・ジャスミン)』@日本青年館(1回目)

ブランニューオペレッタ『Cape jasmine(ケープ・ジャスミン)』@日本青年館(1回目)

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ブランニューオペレッタ『Cape jasmine(ケープ・ジャスミン)』は活動を休止していた劇作家・演出家の根本宗子の復帰第1作である。作演出は根本が担当。音楽を小春(チャラン・ポ・ランタン)、演奏をカンカンバルカン楽団、踊りをrikoが担当した。表題はこの舞台の表題であるとともに劇中で演出家が上演を前に失踪、上演中止になったミュージカルの表題でもあるという凝った作りとなっている。
上演中止になったはずのミュージカルの記者発表をなぜかキャスト全員が集められてするという、その記者発表がそのまま舞台として進行していく。舞台上には合計7つの机と椅子が並べられてそのうち6つにはそれぞれキャスト6人の名前が張られている。センターの机には名前はなく白い紙だけが貼られている。いかにもこれからミュージカルの記者会見が開かれますよというような様子。右から3つ目の机には横山由依の名前が張られ、そこに入ってきた横山が座るところから物語がはじまる。横山にはいつかスポットライトが当たり、そこで横山が過去の自分の回想を語り始める。演劇に時折ある独白場面だが、時折挟み込まれるこのシーンが後に意味を持つことが分かってくる。他の登場人物に比べると一見キャラが地味に見える横山だが、そう見えること自体が物語の仕掛けの一部ゆえにここで横山は誰にもまして困難な役割を振り当てられていることが最後まで見ると初めて分かってくる。
この舞台では6人のキャストは自分と同じ名前の人物を演じる。もちろん、演じられるのは作品中の人物でその属性はそれを演じる本人とは異なる(作品中の横山由依はこの作品で舞台デビューするはずだった新進女優の横山由依であるAKB48のアイドル、横山由依ではない)が、作品はキャストに当て書きされているためにそれを演じる本人の属性もいくらかは含んでおり、そのズレと二重性を楽しむことになるという趣向となっている。
感心させられたのは役柄設定やこの舞台のために用意された楽曲がキャストそれぞれの魅力をうまく引き出していることだ。今回のキャストはアイドルの横山由依AKB48)、中山莉子私立恵比寿中学)、お笑いタレントの江上敬子(ニッチェ)、ラッパーのあっこゴリラ、ミュージシャンのもも(チャラン・ポ・ランタン)と全員が演技を専門とする俳優ではないが、普段から自分として観客の前に立つ経験は豊富にある人たちで、それはコロナ禍で稽古期間も限られてしまうなかで、この舞台を成り立たせるための仕掛けであるとともに結果としてここでそれぞれが演じている役柄がどこまでは演技によって構築されているものか、それとも素のその人に近いかをあいまいにすることで、それぞれの個性を生かしていく狙いがあるのではないか。
おそらく、それぞれ役へのアプローチはひとりひとり異なる。役と本人の距離感も異なるが、そういう中でわがままアイドルの役を魅力的に演じて、コミックリリーフ的役割をうまく演じていた中山莉子の演技力が光った。私は私立恵比寿中学エビ中)のファンというほどではないが、それでも映像やライブで中山莉子を何度も見ているが、横山由依などほかのキャストのファンで中山莉子のことをこういうキャラだと勘違いしてしまう人もいるかもしれないが、もちろん、ここでの中山莉子は自分とはかなり違う「わがままアイドル中山莉子」をかなりデフォルメして戯画的に演じており、結果的に出てきたキャラが本人とは違うが魅力的なキャラクターであるところに演技の才能を感じた。ミュージカルで歌うはずだったというソロ曲も歌うが、それもエビ中中山莉子が歌いそうにないイメージの楽曲で、そういうところもこの舞台が面白いところだ。
驚かされたのはニッチェ、江上敬子の歌唱力である。本職のミュージカル俳優にもひけをとらないようなパワフルな歌唱を披露、このレベルなら例えば「レ・ミゼラブル」のテナルディエ夫人なども適役に思え、今後ミュージカル女優としても活躍が期待できるのではないか。
あっこゴリラ、もも(チャラン・ポ・ランタン)、根本宗子の3人も歌うまいのは以前から知っていたが、歌においてもあっこゴリラにはもちろんラップを歌わせるなどそれぞれの魅力がうまく伝わるような構成となっていた。
実はこの作品にはちょっとした構造上の仕掛けがあり、横山由依はそのためにかなり難しい役割を担わされている。もともと、相当以上に歌える人だということは知ってはいたが、役柄上横山だけは自分とはかなり違う人物像を演じ、それでいてそれを自然に演じる必要があるのだけれど、その難しいタスクを非常にうまくこなしていたのではないだろうか。AKB48からの卒業を発表、その後どんな仕事を主軸にしていくつもりなのかは分からないが、もしその中に女優が入るのだとしたらいいスタートを切ったといえるかもしれない。

【公演日程】
2021年10月6日(水)〜10月7日(木)(全3公演)
10月6日(水)18:30開演
10月7日(木)14:00開演/18:30開演
【会場】
日本青年館ホール
【キャスト】
横山由依AKB48
中山莉子私立恵比寿中学
江上敬子(ニッチェ)
あっこゴリラ
もも(チャラン・ポ・ランタン
根本宗子