下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「非当事者」がどのように原爆の悲劇を語りえるのか? 烏丸ストロークロック×五色劇場 「新平和 」@こまばアゴラ劇場

烏丸ストロークロック×五色劇場「新平和」@こまばアゴラ劇場

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烏丸ストロークロックといえば近畿大学出身の柳沼昭徳が率いる集団で若手劇団のように感じていたが、1999年の旗揚げだから、設立後二十数年が経過、関西の現代演劇の劇団ではMONOなどを除けば古株と言ってもいいのかもしれない。
ブログのレビューを検索してみたところ以前に烏丸ストロークロックを観劇したのは2006年と16年ぶりになるので最近の作風はよく分からないところがあって、「新平和」では広島の原子爆弾被爆者らを題材としているのだが、広島に拠点を持つ「五色劇場」との合同プロジェクトだから、いつもの作風とは異なるこういう綿密な取材を基にしたドキュメント色の強い作品であるのか、取り上げる対象は異なるが、実際に起きた出来事を基にした作品を得意にしているのかというのは判然としないところがあった。
 「新平和」の主要モチーフは広島に落とされた原爆の悲劇である。しかし、それは実は原爆の悲劇をそのまま描くものではない。松田正隆は直接的あるいは間接的に原爆の悲劇にまつわる作品を制作しているが、それは彼が長崎出身であるということと分かちがたく結びついているだろうと思うし、観客もそのことを疑問なく受け入れることができる。東日本大震災原発事故を主題とした谷賢一の「福島三部作」も谷が福島出身であるということと無関係には見られないかもしれない。
 地元広島の劇団との合同公演という枠組みを取っていても京都生まれで近畿大学出身という柳沼昭徳がどのように原爆の悲劇を取り扱うのかというのは「当事者性」という見地から困難な問題を抱えているといえなくもない。
 この作品は栗原チエ子という老女を主人公として、介護者である男がチエ子から広島が原爆の被害を受けた昔の話を聞きだそうとするところからスタートする。最初は心を閉ざして語らないチエ子は次第に語り出すが、それはチエ子が学童疎開により原爆被害の時には広島にはおらず、しかし、両親や妹ら親族を原爆で失ってしまった「非当事者」の被害者だったということにあるというのが分かってくるからだ。
 しかし、被爆者ではないからといってチエ子が原爆の被害者ではなかったということではない。被爆者だった夫を白血病で失うだけではなく、両親を失い貧しい状況なのに直接した住民からは「あんたはまだ幸せだった」と敵意を向けられる一方、広島以外の住民からはいわれのない差別を受ける。
 そして老人であるチエ子は原爆以前のことは語るようになっても「語り部」を見つける反核運動に携わることになって戦後のことはなかなか語らない。
 作者の柳沼昭徳が悲劇の「非当事者」として自分でも語り得ると考えたこと、そして作品の標題を「新平和」としたのは広島の悲劇を被ばく被害者ら死や戦後における被ばくを原因とした病死以上にもともとは当事者とそれに共感するものたちの魂の叫びとして始まった反核活動が政治的な路線の違いや立場の違いによりバラバラに分裂、当事者同士が憎みあうような状況となっていった「第二の広島の悲劇」。そして、直接はそういう風に描いてはいないけれどそれは「被災地、とりわけ福島の現状」と重なりあうような部分があると見ているからだ。
 作者は注意深くイデオロギー的な主張を避けてはいるがロシアのウクライナ侵攻に関係して目立ってきた日本核武装論者たちやそれとどことなく連帯しているような原発再稼働論者らの動きもこの作品に込めた思いの中に含まれているのではないかと感じさせた。

作・演出:柳沼昭徳
広島の観光名所の一つ「平和記念公園」。
その緑豊かな公園は昔、「中島地区」と呼ばれる賑やかな繁華街だった。
そこで栗原チエ子は生まれ育った。
二〇一六年、初夏の平和記念公園
無数の木々の生い茂る広大な公園を、チエ子は介護者と共に歩く。
脳裏に浮かび上がる、かつて存在した中島地区と人々は、やがてチエ子の眼前に現れる。
「うちゃあ何も見えとらんかった」


◆五色劇場と広島アクターズラボ
広島アクターズラボは、広島の制作団体 舞台芸術制作室 無色透明の事業として2016年にスタート。烏丸ストロークロックの柳沼昭徳を講師に迎え、広島で継続的な演劇の研究と創作を目的とし、公演を行う際に結成したのが「五色劇場(ごしきげきじょう)」。『新平和』は五色劇場として、これまでに2回の試演会を経て、2019年には広島と福岡で初演を上演した。名前の由来の「五色劇場」は現在平和記念公園になっている「中島地区」に実在した興行場(映画館)の名称。

◆烏丸ストロークロック
1999年設立。京都を拠点に国内各地で演劇活動を行う。作品のモチーフとなる地域での取材やフィールドワークを元に短編作品を重ね、数年かけて長編作品へと昇華させていく創作スタイルが評価されている。2018年、20年と東京芸術劇場 芸劇eyes「まほろばの景」シリーズを上演、話題を呼ぶ。代表の柳沼は第60回岸田國士戯曲賞ノミネート、平成28年京都市芸術新人賞受賞。2021年は新国立劇場「こつこつプロジェクト」第二期の演出家として選ばれる。


撮影:井上嘉和

出演
東圭香、小林冴季子、坂田光平、澤雅展、高山力造、福井菜月、深海哲哉、松陰未羽、山田めい

スタッフ
音楽製作:山崎昭典
舞台監督:北方こだち
照明:渡辺佳奈
音響:佐々木恭平​
演出助手:藤井友紀
宣伝美術製作:モリナガ・ヨウ 宣伝美術デザイン:橋本純司
制作:岩﨑きえ 富田明日香

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