下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

青年団プロデュース公演「馬留徳三郎の一日」@座・高円寺

青年団プロデュース公演「馬留徳三郎の一日」@座・高円寺

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 平田オリザ演出による自作以外の戯曲上演での青年団プロデュース。この公演の枠組みを考えた時、どうしても松田正隆と組んだ「月の岬」*1から始まる連作のことを思い出してしまう。 
 「月の岬」を連想した理由はある。地方の田舎といっていい場所を舞台にした群像会話劇であること。そして、そこでは狭い世界の中でなかば閉じたように暮らしている人々が描かれている。「月の岬」はまだ主人公の兄妹のうち兄のほうが近くの学校に勤務する教師であったため、最低限の社会とのつながりは描写されるが、こちらは典型的な閉ざされた村で起こった出来事だ。
 ここでこの作品はもうひとりの作家の描く作品とも共通点を感じさせることに気が付いた。こちらも青年団の作家としては先輩にあたる松井周である。松井もこれまでいくつもの作品で閉ざされた村のような閉鎖空間で起こる出来事を描き出してきた。
 ただ、この作品にはこうした先行作品とモチーフや構造において類似があるからこそ、しかし決定的に違うという印象を抱かせるのだ。それはこの作品からは松田、松井作品に隠蔽されて潜んでいる深い闇のようなものがあまり感じられないことだ。
 作家の資質の違いと言ってしまえばそれまでのこと。だが、これはいったいどういうことなのだろうと芝居を見ながら考え続けていた。
 「闇」が「物語の中核にあり、すべての出来事の根底にあるが、直接、顕わには描かれないもの」という風に捉えれば、実はそれはこの物語にもある。この家に住む老夫婦、馬留徳三郎と妻のミネを中心に展開するが、彼らの間には息子、雅文の存在だ。
 彼から電話がかかってきて、「部下が訪ねるからよろしく頼む」と伝言があり、見知らぬ男が訪ねてくる。これが物語の冒頭近くだ。
 話題は出てくるが一度も登場しない息子、雅文。彼が作品の「不在の中心」だ。芝居の進行に伴いこの息子は過去のある時点でもうすでに死んでおり、この訪ねてきた男はお金を騙しとろうとして現れたいわゆる「オレオレ詐欺」的な詐欺師の一味ではないかというのが、次第に分かってくる。
 ここで息子がいつか帰ってくるのを待って暮らしている老夫婦にとって息子が過去のいつかの時点で亡くなったのだとすればそれは決定的に重要な出来事のはずだが、それをなかったことにして暮らしている老夫婦は息子を生きているかのように振るまっているが、ここを訪ねるほかの老人たちもそのことに触れはしてもどのようになど核心的な事実に触れることはない。
 やってきた詐欺師らしい若い男ら少数を除くと出てくる人物全員が認知症的な記憶障害を患っている高齢者か、そうではないがそういう人たちに適当に話を合わせて暮らしている老人ばかり。彼らの話は時にかみ合わず、時に食い違うが、誰ひとりとしてそれをはっきりさせることはなく、曖昧模糊としたまま物語は進んでいく。
 平田の演出はこうした描写に寓話性を持たせるようなことはなく、割とリアルなタッチなのだが、認知症を思わせる描写が続くからといって、この作品が老老介護など現実に根差した問題を描こうとしているのかというとどうもそうではないようなのだ。詐欺師の男はいつのまにかこの家に一種の共犯関係として疑似家族として暮らし始める。その前に父親はロシアのスパイだと名乗り、男もそれを受け入れるが、父親の方がぼけてそういうことを言い出したのを詐欺師の男がそれを利用してこの家に居座っているのか、それとも父親はもちろん嘘をついているが、詐欺師もそれを真に受けるふりをしているのか。さらには自らボケたふりをしていると自ら話す母親が本当にボケているのか。この物語で起こっていることの輪郭が後半になればなるほどぼやけてくるように見えるのはそうした出来事のすべてが非決定のまま描写されているからだ。
 
   
 

尼崎市第7回「近松賞」受賞作品 東京公演
座・高円寺 秋の劇場01/日本劇作家協会プログラム

作:髙山さなえ 演出:平田オリザ


山深い田舎の集落。馬留徳三郎と妻のミネは二人でここに住んでいた。
近所の認知症の年寄りや、介護施設から逃げて来る老人達が馬留家に集まり、仲良く助け合いながら生活していた。
ある夏の日、徳三郎の息子、雅文から久しぶりに電話がかかって来た。
仕事でトラブルがあり、部下が間もなく馬留家に訪れると言うーー。
とある小さな集落の、何気ない日常が、人間の心をあぶり出す。


作:髙山さなえ

1977年長野県生まれ。
信州大学人文学部非言語コミュニケーションコース(現・芸術コミュニケーションコース)卒業。2001年青年団・演出部入団。以降、若手自主企画にて劇作家・演出家として活動。2003年青年団リンク髙山植物園旗揚げ。作・演出を担当。2010年母校である信州大学人文学部芸術コミュニケーションコースにて非常勤講師を務める。2018年に第7回近松門左衛門賞を受賞。

演出:平田オリザ

1962年東京都生まれ。
劇作家、演出家。こまばアゴラ劇場芸術総監督、劇団「青年団」主宰。城崎国際アートセンター芸術監督、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学 COI 研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐。2021年4月開学予定の兵庫県立の国際観光芸術専門職大学(仮称・開学設置構想中)学長候補。 1982年に劇団「青年団」結成。「現代口語演劇理論」を提唱し、1990年代以降の演劇に大きな影響を与える。近年はフランスを中心に各国との国際共同製作作品を多数上演している。


出演

田村勝彦(文学座) 羽場睦子(フリー) 猪股俊明(フリー) 山内健司 山村崇子 能島瑞穂 海津 忠 折原アキラ

声の出演=永井秀樹

スタッフ

舞台美術:杉山 至
舞台監督:中西隆雄、小川陽子
照明:三嶋聖子
音響:櫻内憧海
衣裳:正金 彩
衣裳補佐:原田つむぎ
演出助手:野宮有姫
フライヤーデザイン:京(central p.p.)
制作:有上麻衣
制作助手:河野 遥

【ももいろクローバーZ ニコ生ライブ映像まつり】春の一大事2018in東近江市DAY2

ももいろクローバーZ ニコ生ライブ映像まつり】春の一大事2018in東近江市DAY2

2年前の春。1日目は現地で参戦していたが、2日目は実家(愛知県)の近くの駅前のネットカフェからニコニコ生放送での観戦であった。つまり、今回見たのとほぼ同じ映像をその時も見ていたことになる。
 TIFで妹グループをまとめて見る機会があったということもあるが、ももクロのこの時点から2年での特に歌の面での成長ぶりは凄まじいものがあるとひさしぶりに見て思った。メンバーがひとり減るというのは相当な負担があるはずで、なんとかこなしているが相当綱渡りであったのはライブからも分かる。その意味ではここで書くのは筋違いと言われるかもしれないが、ひとり減って4人になって以降のアメフラっシの急成長、TIFで見せたCROWNPOPの躍動ぶりは称賛に値するものだったと思う。

01. 笑ー笑 ~シャオイーシャオ!~
02. CONTRADICTION
03. サラバ、愛しき悲しみたちよ
04. ザ・ゴールデンヒストリー
05. Chai Maxx
06. 吼えろ!
07. 走れ!-Z ver.-
08. ピンキージョーンズ
09. 行くぜっ!怪盗少女
10. 青春賦
11. 希望の向こうへ
12. ももクロのニッポン万歳!
13. コノウタ
14. スターダストセレナーデ
15. チントンシャン!
16. BLAST!
17. GET Z, GO!!!!!
18. Link Link
19. 行く春来る春
20. 桃色空
<アンコール>
21. DECORATION
22. 勝手に君に
23. サボテンとリボン
24. 灰とダイヤモンド

live2.nicovideo.jp
simokitazawa.hatenablog.com

オフィスコットーネトライアル公演「ブカブカジョーシブカジョーシ」@下北沢シアターB1

フィスコットーネトライアル公演「ブカブカジョーシブカジョーシ」@下北沢シアターB1

 コロナによりほぼ全面的に休止状態に追い込まれていた小劇場演劇だが、先月ぐらいからぽつぽつとコロナ対策に合致したような演出、客席構成で公演を再開しつつあり、これもそういう1本。
 コロナで非常事態宣言が出て、演劇がほぼ全面的に休止になる前に最後に見た舞台がやはりのオフィスコットーネの大竹野正典作品「山の声 ―ある登山者の追想―」*1であったから、オフィスコットーネとしても7カ月ぶりの活動再開となった。
コロナに合致した演出と書いたが、今回は初演では8人の出演者を2人の役者が劇中、紙でできた仮面のようなものを次々と着けて演じ分けていくことで2人にした。もっともこの舞台の場合、主要登場人物はモモチ(高田恵篤)とアメミヤ(野坂弘)の2人なので、この演出にはコロナ対策以上の説得力があった。
ブカブカジョーシブカジョーシ」はある企業で実際に起こった部下が上司を金属バットで撲殺した事件がモデル。大竹野正典が得意とした事件ものではあるが、作品そのものは女性を主人公としリアルに感情の手触りを伝えていく「夜、ナク、鳥」 「海のホタル」などと比べるとスラップスティックでドタバタの笑劇の要素が強く感じられ、今回の演出はそれによく合ったものと感じた。実は初演のくじら企画による上演をこの作品は珍しく見ておらず、それだけにこんな作品があったのかと余計に面白く思えた。

作:大竹野正典
演出:佃 典彦
プロデューサー:綿貫 凜
出演:高田恵篤、野坂弘

まるで雲の上を早足で行くように、その男は現れた。
彼こそは、「ジョーシ」と呼ばれる男である。

いつもオフィスコットーネを応援いただき誠にありがとうございます。オフィスコットーネでは、急遽、トライアル公演と銘打ちまして大竹野正典作品を上演いたします。
今回上演致します「ブカブカジョーシブカジョーシ」は、登場人物が8人ですが、 すべての役を二人で、そして俳優が身体を駆使してお贈り致します。 演出はいま「半沢直樹」のTVドラマ・曾根崎役で話題の佃典彦さんが担当、不条理でブラックな独特の世界観で創り上げます。

収録配信も予定しておりますが、是非劇場でライブ感たっぷりの本作品をお楽しみ下さい。 新型コロナウイルス感染予防対策を万全に劇場にてお待ちしております。

botuzyu-okosiyasu.amebaownd.com

shelf「Rintrik-あるいは射抜かれた心臓 交差/横断するテキスト:ミステリーとミスティカルのあいだで phase 1」@The 8th Gallery (CLASKA 8F)

shelf「Rintrik-あるいは射抜かれた心臓 交差/横断するテキスト:ミステリーとミスティカルのあいだで phase 1」@The 8th Gallery (CLASKA 8F)

 この舞台はもともと「交差/横断するテキスト」と題する日本とインドネシアジョクジャカルタ)の国際共同制作の一環であった。コロナ禍により製作が中断。日本側がインドネシアの作家のテキストを用いて舞台製作を行うことが先行して行われることになった。
 原作はインドネシアの小説家ダナルトの小説らしいが、 正直言ってこういうカルチュラルギャップがあると思われる作品を受容するのは簡単とは言えないというのが第一印象だ。
 粗筋は「かつてとても美しかった谷があった。若い恋人たちや旅行者の多くが訪れたその谷は、しかしいつの頃からか若い恋人たちが生まれたばかりの自分たちの赤ん坊を投げ捨てに来る場所となってしまった。それも日に20体、30体という赤ん坊の遺体が投げ捨てられるようになった。あるときふらりと現れてその谷に住まうようになった盲目の老女リントリク。彼女は雨の日も嵐の日もただ捨てられた赤ん坊を拾い埋葬し続けた。最初は彼女の存在を恐れた村人たちもいつしか彼女を畏れ敬うようになっていった」としており、現代日本に暮らすものとしてはなんともどういうコンテキストのものなのか脈絡がつかみにくいものだが、舞台自体もほぼその筋立てのまま進行していく。
ただ、これはどこか神話的あるいは寓話的なものを感じさせるモチーフではあるのだが、ここで語られている大量の赤ん坊の殺戮、遺棄のモチーフは単なる神話的モチーフに過ぎないのか、あるいは何らかの過去に実際起こった出来事をモデルにしているのか。そういうこの事実関係が分からないと、やはりこの奇怪なテキストはどのように受容したらいいのかがよく分からないのだ。日本の東京でこれを見る私は当惑するほかなかったのである。
 

出演
川渕優子、沖渡崇史、横田雄平、綾田將一

脚本
ダナルト(原案)

演出
矢野靖人(構成・演出)

料金(1枚あたり)
2,000円 ~ 3,500円
【発売日】2020/08/26
一般前売 3,500円
学生前売 2,000円
※当日会場でのチケット販売は予定していません。感染症対策のため事前予約、事前決済のご協力をお願いいたします。

サイト
https://theatre-shelf.org/jp/news/rintrik.html

※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。

タイムテーブル
日時
10月6日(火)19:30 開演
10月7日(水)19:30 開演
10月8日(木)19:30 開演
10月9日(金)19:30 開演
10月10日(土)17:30 開演
※受付開始・開演の30分前。
※上演時間は60分を予定

説明
■作品概要|Rintrik
かつてとても美しかった谷があった。若い恋人たちや旅行者の多くが訪れたその谷は、しかしいつの頃からか若い恋人たちが生まれたばかりの自分たちの赤ん坊を投げ捨てに来る場所となってしまった。それも日に20体、30体という赤ん坊の遺体が投げ捨てられるようになった。あるときふらりと現れてその谷に住まうようになった盲目の老女リントリク。彼女は雨の日も嵐の日もただ捨てられた赤ん坊を拾い埋葬し続けた。最初は彼女の存在を恐れた村人たちもいつしか彼女を畏れ敬うようになっていった。
ある夜、一人の若者がリントリクのもとに赤ん坊を抱えて訪ねてくる。その赤ん坊を若者は埋葬してくれとリントリクに願う。その後、その赤ん坊の母親である若い娘と、娘の父親である猟師が現れ...

ダナルトは、ジャワのケジャウェン(※ヒンズー、アニミズムイスラムがミックスした民族宗教)の精神的な教えをルーツに持つ神秘主義的な作家である。shelfの矢野は、社会的、文化的、宗教的文脈や価値観のまったく異なるこの作家のテキストを丹念に翻訳するところから始め、他者理解の可能性と、生と死あるいはアジア文学における女性の描かれ方について、舞台制作を通じて探求を試みる。またこの作品は、東京-ジャカルタを結ぶ長期国際共同制作プロジェクト「交差/横断するテキスト:ミステリーとミスティカルのあいだで」の第一弾として計画された。クリエイションパートナーであるLab Teater Ciputatのバンバン・プリハジは今回、shelfがダナルトの『Rintrik』に挑むのと同じく、三島由紀夫の『卒塔婆小町』を舞台化する。

■演出ノート|Rintrikについて
『Rintrik』の舞台を大胆に現代の都市に置き換えたい。原作の小説の持つ鄙びた土地、荒んだ大地のイメージを都市の騒乱とその中にあることの孤独とに置き換え、老女リントリクの持つ泥や埃に塗れた身体と不可思議な聖性、その清浄さについて、神経質なまでに滅菌された現代の都市空間においてそれを誇張して表現したい。イスラム教、あるいは一神教の理解は、私にはとても難しい。しかし、ケジャウェンのアニミズム的な要素を梯子にすれば、ダナルトの考える神という存在にどこか理解が届きそうな気がしている。誤解、誤読を恐れずにこの神秘主義的な小説を、まさに今、この大きな困難を迎えている現代を生きる人間のための一つの寓話劇として、時代を生きる指針を指し示せればと思う。

ももクロが10年ぶりにTIF降臨 スタプラアイドルも勢ぞろい TOKYOIDOLFESTIVALオンライン2020(3日目)

TOKYOIDOLFESTIVAL(3日目)

 普段はロックフェス(ロッキン、氣志團万博)には出かけてもももクロライブの外周フェス以外のアイドルフェスに行くということはほとんどないのだが、今年のTIFはオンライン開催になり五輪の関係でもともと時期が秋口にずれていたこともあり、普段は夏のスタジアムライブとスケジュールがかぶり参加できないももクロが参加。私も配信チケット(3日目)を購入、見ることにした。

TIF2020ももクロ HOTSTAGE 2020/10/04

 今年の3日目はももクロが10年ぶりに参加した。所属するスターダストプロモーションのアイドル部門「スターダストプラネット」のアイドルも勢ぞろいすることになった。それらをフォローしていこうとすると早朝一番手の佐々木彩夏から夜のメインステージ大トリのももクロまでスタプロの関連ステージを追いかけていくだけでタイムスケジュールがほぼ埋まってしまう。さらにはサブステージながら時間的にはももクロより後の時間帯になるアメフラっシまで出そろいスタプラフェスの状態なのだ。

佐々木彩夏ソロセットリスト

M1.Girls Meeting
M2.君が好きだと叫びたい (BAADカバー)
M3.だって あーりんなんだもーん☆
M4.ハッピー スイート バースデー! (高城、玉井ゲスト出演)


佐々木彩夏 | TIF2019

 SMILEGARDENのスタートは佐々木彩夏(あーりん)の登場である。ソロライブなのだが、最初の曲「Girls Meeting」ではダンサーとして、ダンスが得意な後輩2グループからCROWNPOP三田美吹、里奈、アメフラっシから愛来小島はなも登場、一緒に踊る。
 実はこの2グループはあーりんのソロ配信ライブ「A-CHANNEL」にも出演したのだが、残念なことにその時は大部分のシーンでマスクをしていて、個々の表情がよく見えるという風にはならなかった。今回は前回配信の際の心残りに対するリベンジの意味もあったのではないかと感じた。
 今回の衣装は一緒に登場した後輩のものも含めて、ももクロではあまり着ないようなスタイリッシュなもので、最近雑誌LARMEとモデル契約し、TGCではランウエイにも立ったあーりんの最新ファッションへのこだわりも感じられるものとなっている。こういうモード系の衣装をまとった時の後輩アイドルの容姿もさすがスターダストを思わせるものがあり、この日後から登場する後輩グループの顔見世アピールにもなったのではないか。
 「君が好きだと叫びたい」はアニメ主題歌のヒャダイン編曲によるカバー曲。この曲も含め、ここからの3曲は「ザ・あーりん」という選曲である。代名詞の「だってあーりんなんだもん」の途中ではロングからミニにスカート衣装を早替え、定番ながら驚かせる演出を踏まえたうえで、一転最後の「ハッピー スイート バースデー!」では被り物でケーキの妖精(玉井詩織)、紅茶の妖精(高城れに)に扮したももクロメンバーが登場するいかにもももクロらしい茶番も見せて、出番を終えた。

TIF2020 DAY3 浪江女子発組合 SMILE GARDEN

浪江女子発組合セットリスト

MC 自己紹介
M1 なみえのわ
M2 ミライイロの花
M3 あるけあるけ

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同じステージでは続けて、佐々木彩夏が総合プロデュースした地域アイドル「浪江女子発組合」が登場。浪江女子発組合(JA浪江)はあーりんプロデュースながらインパクトの強い本人のパフォーマンスとは対照的な清楚系アイドル。プレイングプロデューサーのあーりん本人に加えて、後輩グループのアメフラっシ、B.O.L,Tのメンバーが参加して、結成された。
 福島県浪江町の地域アイドルとして発足。同地の体育館をホームグラウンドに月1でライブ活動をしてきたが、コロナ禍でほとんど活動ができなくなり、一部配信ライブに登場したことはあったが、一般のアイドルファン向けにはこれがほぼ初披露の場といってもいい。
 最近のももいろクローバーZの活動での顕著な傾向のひとつはっ地域との連携。毎年春には地元自治体と共同主催により「春の一大事」なる数万人規模の動員の大規模野外ライブを企画、単にライブ開催にとどまらずライブ前には何度も現地を訪問して、その地域の紹介を行ったり、地元企業とのコラボ商品を開発したりと、地域活性化につなげたりしてきた。「春の一大事」は今年も福島県のJビレッジで開催が予定されていたが、すでに来春への延期が決まっている。「浪江女子発組合」もそうした地域活性化の一環として、浪江町からの提案もあり設立されたもので、よくあるように東京主体の企画を無理やり地方に持ち込んだものではなく「浪江町の地域アイドル」というのはそういう意味合いもある。
 これまで地元の人たちにライブを見てもらうとともにライブ入場券を地元で事前に配布することで、ファンに最低二度は現地に足を運んでもらい地元の飲食店や土産物店などでお金を落としてもらうことで、消費拡大に役立てるというような狙いがあったのだ。
 ただ、コロナ禍で当初予定していたプランは中断したままになっていたが、地元での集客ライブ復活に先駆けて、今回のTIFオンラインに参加。今月末の立川市で予定されている東京での初の集客ライブに向けてのPRともすることになった。
 コンセプトとしてはアイドルになりたかったあーりんがももクロではなれなかった「アイドルらしいアイドルグループ」というものでもあり、衣装にしても曲調にしても、いろんな意味でももクロとは対極にあるのが面白い。
 HOTSTAGEの最後を飾ったももクロは「行くぜっ!怪盗少女」「オレンジノート」「ココナツ」「走れ!」4曲からスタート。10年前のももクロ伝説のTIFを再現した。ももクロの代表曲である「怪盗~」だが、最近はセットリストにあえて入れていないことも多い。最初にこの歌から始めたのはTIFへの敬意を表したのかと感じたが、続く楽曲で「ひょっとしたら、これはあの時の再現」と分かった瞬間、「よくぞやった」と興奮させられた。
 後半の楽曲は一転して「THE DIAMOND FOUR」とももクロらしいラップ曲で最新の姿を提示。さらにバラード曲の「灰とダイヤモンド」、10周年の記念アルバム収録の新曲であった「クローバーとダイヤモンド」とダイヤモンドが表題に入った3曲を歌い、この10年のアイドルとももクロの歴史をTIF降臨の場で振り返るような内容とした。世間や他のグループのファンなどにはいまだにももクロ=怪盗少女のイメージが強いなかでの新旧両方の楽曲を入れて、しかもその両方を代表する「怪盗」「灰ダイ」がいずれもヒャダイン楽曲であるということには大きな意味があったのではないかと感じた。 

たこ虹セットリスト
M1. プレイバックス
M2.恋のダンジョンUME
M3.Boules de poulpes S'il vous plait
M4.もっともっともっと話そうよ-Digital Native Generation-
M5.輝け!おっサンシャイン!
M6.ナナイロダン


たこやきレインボー TIF 2020

下記のタイムスケジュールを参照していただければ分かるようにこの日はももクロ以外に所属の「スターダストプラネット」からばってん少女隊、ukka、Awww! 、B.O.L.T 、CROWN POP、超ときめき♡宣伝部、アメフラっシ、たこやきレインボーと傘下のグループが参加した。
たこ虹はまだ若いながらもTIFには前日参加の私立恵比寿中学、今年はあえて不参加のTEAM SHACHIと並ぶスタダ四天王の一角である。ダンスと歌のスキルの高さと容姿のよさなどアイドルとしてのポテンシャルの高さを見せつけたのではないか。
 たこ虹がライブをしたSMILEGARDENでは直前に最近avexとメジャー契約したばかりで注目のアイドル風雲児zocが魂を込めたような圧巻のパフォーマンスをしたばかりだった。コメント欄には「この後にやるたこ虹がかわいそう」などのコメントが複数出てきたが、たこ虹としても年齢こそかなり下だが、avex所属アイドルとしては先輩。実績も格も上で、ひき下がるわけにいかない場面でもあった。  
 そんな中で「正統派のアイドルとはこういうものだ」と見せつけるようなライブを展開した。
 この日、勢いを見せつけにきた超ときめき宣伝部、ukka、アメフラっシら競い合う後輩グループに対しても、一部の隙もないダンスの統一感、それぞれの表情の作り方など配信ならではのスキルも存分に見せつけた。
 いかにも「ザッツ・アイドル」という「プレイバックス」「恋のダンジョンUME」「Boules de poulpes S'il vous plait」「もっともっともっと話そうよ-Digital Native Generation-」といったかわいいアイドル曲からスタート。後半は一見面白ソングと見せかけて実は泣かせる「輝け!おっサンシャイン!」、松隈ケンタによるダンス曲「ナナイロダンス」と楽曲の多様性も見せつけ、始まる前にあったネガティブな声を封殺することになった。
 たこ虹に関してはこれまではほとんど関西中心での活動だった。そのため、東京での知名度は一部、妹グループと比較しても低いが、他グループのファンに対しても晩御飯を作って愉快に食べているだけのグループではないことを見せつけたのではないか。

CROWNPOP TIF 2020

CROWN POP TIF 2020

この日気になっていたのは中心メンバーだった山本花織が抜け5人体制となったCROWNPOPだった。だが、ライブが始まると5人でのパフォーマンスの完成度の高さに驚かされた。
 三田美吹の頑張りもいつも以上でその気迫にも心打たれるものがあった。改めて思ったのはダンスが売り物で絶対的なセンターがいるグループの場合、5人はフォーメーションを組んだ時にセンターポジションが目立つので、とても栄えて見えるということだ。見え方もきれいですっきりしていて5にんはダンススキルの高いクラポが魅力を発揮するには適しているかもしれない。この日のパフォーマンスを見ながらそんな風に思った。
 雪月心愛(みぃあ)が山本花織から煽り役を受け継ぐことで役割分担もビビッドになり、歌唱力が急速に向上しつつある田中咲帆、藤田愛理とかなり強力な布陣となってきたのではないか。

アメフラっシ TIF2020

 アメフラっシもパフォーマンス自体は良かった。自体はなどと書いたのはその完成度の高さで同世代のグループを圧倒するはずだったのにTIF側の落ち度でカメラ割がひどく、激しい動きを伴いながら、精密な彼女らのパフォーマンスの一番優れた部分を伝えきれなかったからだ。
 アメフラっシは次々とつながれていく、高いスキルが要求されるソロ歌唱が非常に安定しているのが大きな武器。さらにそれに激しくフォーメーションチェンジを繰り返すダンスか組み合わさリ、圧倒的なパフォーマンスが展開される。しかし、誰がどこで歌うのかが複雑で、センターポジションに固定されているわけではないので、この日はカメラ、スイッチャーともに振り回されてしまっていて、カメラ酔いしそうになるほどフラフラしてしまっていた。
ただ、今後のためにということを考えると演じる側もどのカメラがどこにあって何を狙っているのかをもう少し考えるべきかもしれない。
 担当するカメラマンの技量も違うから簡単に比較は出来ないが、ももクロは配信ライブということもあり、完全に全てのカメラ位置を把握した上でカメラ目線を送っていた。アメフラっシには自分たちのパフォーマンスをしっかりやるということで必死でそういう意識が希薄だったかもしれない。パフォーマンス自体は悪くなかっただけに残念だ。
 思い出してみれば浪江女子発組合の挨拶の際にカメラがメンバーの挨拶を追いきれてないのに気がついたあーりんがそれぞれの挨拶のテンポを咄嗟に修整しやりなおさせていた。経験値の差といえばそれまでだが、そういう意識の差が大事という教えだったと思う。
ももクロにはそれができてなぜ他のグループはできないのだろう*1を考えていた時に実はいままで疑問に思っていたいくつかの別々のことが頭の中で「カチっ」とひとつにつながった。
 ひとつは今回の配信フェスでのカメラ目線のこと、もうひとつは野外フェスで見せつけるももクロの観客への異常に長い射程距離、そして夏菜子が以前GF(ガールズ・ファクトリー)で見せたバンドの演奏者と目線を合わせてのパフォーマンス……。一見別々のものと思われていたこれらのことは実は全てつながっているのではないか。これは彼女らが一緒に演奏するミュージシャンやスタジアムや運動公園に溢れる観客、そして、今回は配信を行うカメラマンやスイッチャーなどのスタッフからさらにはカメラの向こう側にいる無数の観客。そして、野外では時に吹き抜ける風や照り付ける太陽などこうした神羅万象に近いようなことまで、意識の片隅に置いてパフォーマンスしているからではないかと思う。

タイムスケジュール(スタダ中心に、メモがわり)
09:40-10:00 佐々木彩夏(アメフラっシ、CROWN POPからも選抜メンバーがダンサーで参加) SMILEGARDEN
10:10-10:30 浪江女子発組合 SMILEGARDEN
10:50-11:05 ばってん少女隊 LoftStage
11:10-11:30 ukka SMILEGARDEN
11:30-11:50 Awww! CGlabo
12:05-12:25 ばってん少女隊 CGlabo
12:55-13:15 B.O.L.T CGlabo
13:30-13:50 CROWN POP CGlabo
14:10-14:25 Awww! LoftStage
14:45-15:00 B.O.L.T SkyStage
15:00-15:30 超ときめき♡宣伝部 SMILEGARDEN
15:45~16:00 ミューコミ娘。(根岸可蓮三田美吹参加)LoftStage
17:15-17:35 超ときめき♡宣伝部 CGlabo
17:55-18:25 たこやきレインボー SMILEGARDEN
18:30-18:45 CROWN POP LoftStage
18:45-19:20 ももいろクローバーZ HOT STAGE
1945-20:05 アメフラっシ LoftStage

http://www.idolfes.com/2020/json/timetable/1004.pdf
tif.spwn.jp

*1:というよりも、まず最初にその必要性を感じていないのだろうと思う。

青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎(2回目)

青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎(2回目)

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青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」2回目の観劇である。2回見て初めて1回目は見落としていたことがいろいろあることに気が付いた。まず櫻内企画の主催者である櫻内憧海は音響・他:櫻内憧海(お布団) とクレジットされているのだが、プロデューサーとしての公演全体のプランニングは櫻内が担当しているということなのだろう。演出は橋本清(ブルーノプロデュース、y/n)となっているが、演出プランのどこまでを橋本が決め、それに櫻内がどの程度関与しているのかは今回コロナ対策で公演後俳優や演出家とは話ができないようなレギュレーションになっていたので、残念ながら知ることができなかったが、青年団若手自主企画で劇作家、演出家、俳優が企画を立ち上げることはあっても今回のような企画の立ち上げ方は珍しく、そこにも興味を惹かれた。
 別役実の「マッチ売りの少女」という作品を現代の作家がどのように受容したのかをネット上から調べてみた際にもっとも刺激的だったのが松田正隆による以下の文章*1であった。
 松田は「マッチ売りの少女」について以下のように書き始めている。

戯曲というものを知ったのはこの本があったからだろうし、今でも、私にとってきわめて重要な戯曲である。「マッチ売りの少女」の場合、舞台に老夫婦が現れて、そのあと、姉弟が入ってきたときに、内にいる人と外から来る人の違いが出るのだということが、ものすごいことに思えてならなかった。ひとまず、そのことがこの戯曲の最大の奇妙さである、と思った。舞台で戯曲を上演するということはこれほどまでの虚構を成立させることができる。そこにそれまで住んでいた人とそこにやって来る人の「差」がたちどころに出現し、なにかがなに食わぬ顔で始まるのである。そのことになによりも驚いたのだった。「家の中の人」も「外からの人」も同じように「舞台のそで」から現れているにもかかわらず、である。

 今回の上演では松田の指摘したこの戯曲における「内」と「外」についての構造の提示が大きな意味を提示していたのではないかと思う。少女はどこかの「外部」から突然ここにやってくる。そして、「市役所から来た」という女の言葉はあってもそれは具象的な場所ではないのかもしれない。
 通常は部屋の外から中に女が入ってくるという風に演じられるのが普通だが、今回の橋本清の演出では女は部屋を暗示する椅子や机のある場所には女は近づかない。
 松田はさらに次のように続ける。

ある役柄がリアルさをもって立ちあらわれるというより、この人はその人よりも内側もしくは外側の位置に「ある」という設定の確信がえられるということのほうがものすごいことだと思うのだ。なぜなら、そもそも舞台の上にはなにもないのだし、そのなにもないところから、まるで取り返しがつかないことであるかのように設定がうかんで来るというのはなにか奇跡的なことのように思える。そのような「事の起こり様」を経験する戯曲にはなかなか出会えない。

 ここで初めて、松田が別役実のことを彼が近年提唱する「出来事の演劇」の原点だと考えているのではないかというのが朧気ながら了解されてくるわけなのだが、今回の櫻内企画による上演もそうした考えに近いものが共有されているように思われた。

出来事はあった。それ(外)は現在(内)と断絶している。今を生きる私たちは、それを想起することでしか外部との関わりようの術がない、というのが演劇の、そして戯曲の条件である。

 このように松田は続ける。 櫻内企画「マッチ売りの少女」でもそれは同じで、今回はさらにその(外)に声だけの存在として弟を登場させる。女の語る言葉で老夫婦は一度は女のことをいまはいない自分たちの娘だと信じかけるが、彼らには男の子はいない。さらに(外)と書いたのはそういうことであり、同じ(外)でも明らかにそこには階層の違いがある。さらにいえば、そのさらに(外)にその存在が姉妹の口から語られるにすぎない幼い兄弟の存在もある。
前回観劇時の感想として「『マッチ売りの少女』を寓意として捉えるのではなくて、まず作者である別役実によって配置された老夫婦とその娘と名乗る女の三人の関係性が引き起こす構図が提示されていく」と書いたのはそういう構造のことなのだ。
 

出演

串尾一輝(グループ・野原)*
新田佑梨*
畠山 峻(people太、円盤に乗る派)
(*)=青年団

スタッフ

演出:橋本 清(ブルーノプロデュース、y/n)
音響・他:櫻内憧海(お布団) *
宣伝美術:得地弘基(お布団)
演出助手・当日運営:山下恵実(ひとごと。) *
制作:半澤裕彦 *
(*)=青年団

総合プロデューサー:平田オリザ
技術協力:大池容子(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

風の演劇:評伝別役実

風の演劇:評伝別役実

ブス会「女のみち2020~アンダーコロナの女たち」@本多劇場【Streaming+(配信)】

ブス会「女のみち2020~アンダーコロナの女たち」@本多劇場【Streaming+(配信)】

 コロナ自粛明けのAV撮影現場を描き出した群像会話劇。基本的にはコメディ仕立てで大いに笑えるが、脚本・演出を手掛けるペヤンヌマキは現役AV監督でもあるので、相当以上にリアルに関係者の日常を切り取っているのに加えて、AV現場への熱い思いも滲み出すようなものとなっている。
 AVの話とはなっているが、実はこれはそのまま演劇についての話とも受け取ることができる二重性があり、こういう作品がいま本多劇場で上演されるということには大きな意義があるかもしれない。
 コロナ対策をしながら撮影を進めているAV撮影の現場だが、登場人物それぞれでコロナに対する見方(意識)の違いがあることが芝居が進行していくなかで浮かび上がってくる。AVもそうだが、こういうことは演劇をやっていく中でも日常的に起こっていることではないか。もちらん、演劇やAVだけではなくて個々が体験するさまざまが現場において常に起こり続けている軋轢でもある。
 劇中に濃厚接触が不可欠のAVはコロナともっとも相性が悪い仕事だというようなセリフが出てくる。そして、登場人物の一人はそうであるから細かいことをいちいち気にしても意味がないと主張するのだが、最初に登場した時から椅子や化粧台など自分の周りをこれでもかこれでもかと神経質なまでに除菌をしている婦長役の女性(高野ゆらこ)は「だからこそ現場からは絶対に感染者を出してはいけないのだ」と反論する。「ただでさえ、世間一般からは反感を受けやすい業界なんだから、もし感染者が出たら世間の人たちはここぞとばかりに私たちを叩く。そうさせてはならない」などと自分の気持ちを吐露する。
 AV現場の話となっているが、実はこれと同じようなことを笑の内閣の高間響は演劇について話している。最近公開された舞台の配信映像向けのZOONアフタートークでも同じ主張をしていたが、これは演劇人のある程度共通する思いだと思う。高間はコロナ禍で上演されたZOOM時代劇「信長のリモート」にもZOOMアフタートークのゲストに演劇ファンでもある現役AV女優を招いて、コロナ禍での演劇とAVについてのトークを行ったが、こうした共通認識があることは重要だ。特に演劇界の一部には劇場にクラスターが出た時に「あれは演劇ではない」とか「私たちはああいうものとは違う」というような言説がかなり多く出てきたことで、いまこそそういう根源的なことを再考することが必要ではないかと思った。
 内田慈、もたい陽子、高野ゆらこの女優陣が見事な存在感を見せた。特に高野ゆらこは毛皮族に若手として出ていた時の印象が強かったせいもあって、いつの間にこういう感じになっていたのかと驚いた。勘違いではなく、同一人物だよなあ。貫禄がありいい女優になった。

脚本・演出:ペヤンヌマキ
出演者:内田慈 もたい陽子 高野ゆらこ 尾倉ケント / 安藤玉恵

https://live.eplus.jp/2067809

青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎

青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画「マッチ売りの少女」(別役実)@アトリエ春風舎

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 五反田団「いきしたい」のことを「別役実思わせる不条理会話劇」と評した*1が、こちらはその別役実の初期作品*2である。コロナによる自粛でほとんどの演劇公演がなくなってしまったため、そうした動きはすっかりなくなってしまったが、別役実は戦後演劇界の巨匠のひとり。本来なら3月に亡くなったことを受けて、過去作品の上演など総括・再評価の動きも加速されたはずだったのにと考えながら開演を待った。
 大晦日の晩、子供を幼くして亡くした初老の夫婦が、「夜のお茶」の準備をしていると、そこへ市役所から来たという見知らぬ女が現れ、夫婦の実の娘だと告げる。そして女は「かつてマッチを売っていた」という。
 かなり謎めいた戯曲であり、「マッチを売る」「市役所から来た娘」などは寓意を含んだある種のメタファー(隠喩)のように感じられる。上演記録などを見てみると初演当時は少女の存在は忌諱されていた私たち一般国民の戦争責任などと関連付けられて解釈されていたようだ。ただ、現代の目で虚心坦懐にテキストをとらえてみるとそこに太平洋戦争やその戦争責任などを見て取るのは困難ではないか。太平洋戦争とはあまりにも距離ができ、そういうものを実感として感じ取れないと思うからだ。だから、そうした種類の解釈は現代の観客の前では成立しにくいのではないか。
 今回の上演ではこの戯曲にそうしたものを反映しての解釈はしていないと思えた。解釈してないというより、個々の要素を暗喩としてとらえ、単純な置き換えをするようなやりかたは退けていると感じた。
 「マッチ売りの少女」を寓意として捉えるのではなくて、まず作者である別役実によって配置された老夫婦とその娘と名乗る女の三人の関係性が引き起こす構図が提示されていく。そこから一意には解釈できない様々なイメージが観客それぞれの心中に喚起される。それがこのテキストの上演の意味合いではないかと感じた。
 演出的に面白いと思ったのは少女が老夫婦の部屋に入ってきて、お茶を振舞われるはずなのに少女が空間的には部屋の形に区切られた舞台装置の外側に常にいて入ってこないで会話を交わし続けることだ。さらに後半登場するはずの弟もこの舞台では声だけの存在。最後まで姿を見せない。もともと本当にいるのかどうかが不明な存在だが、この上演では「実際にはいない」感がより強調されている。
 本来は同じ部屋の中にいて、お茶を飲みながら座っているはずの夫婦もお互い離れた位置に立っている。この出演者同士の物理的な距離感が戯曲が提示しているはずの距離感と食い違っている。それが、コロナ禍のソーシャルディスタンスによる人と人の間の心理的障壁を象徴するもののように感じるが、もちろんそれもそういうことを提示するための寓意でもないのだろう。
 少女を演じた新田佑梨の微笑を浮かべた謎めいた表情が印象的であった。奇妙な存在感を漂わせるが、そこには実在感がない。そのために登場人物全員が亡霊めいて見えてくるのである。
 作品とは直接は関係ないがひさびさの観劇ということもあるが、今回のように観劇に集中が必要な作品をマスクをしたまま1時間以上見続けるのは体力的につらいと感じた。そのため後半やや集中力が散漫になり意識が飛びかけた。この舞台の解釈に重要な部分を何カ所か見逃したかもしれない。そういうわけで、観劇後予約してこの舞台をもう1回見ることにした。

作:別役 実 演出:橋本 清(ブルーノプロデュース、y/n)


晦日の雪降る晩。
初老の男とその妻が「夜のお茶」の準備に勤しんでいる。
そこへ突然、市役所からの紹介でひとりの女がやって来てーー。

1966年、早稲田小劇場の杮落とし公演で初演を迎えた本作は、「戦後不条理演劇」の金字塔とも呼ばれ、半世紀以上が経った今でも多くのカンパニーや演出家の手によって上演が重ねられている。

わたしたちにとって過去とは何か? 現代で過去を扱うとは一体どういうことなのか?

かつてマッチを売っていた、という少女の「記憶/体験」を軸に、現実と幻想、忘却と回想、招きいれるものと招かれるものの関係を再考していくための、室内劇。

櫻内企画

技術スタッフとして活動する櫻内が、公演ごとに異なる演出家とタッグを組み、既成戯曲の上演を行う個人企画。
先鋭的な手法を用いる同時代の演出家と共に、強い言葉を持つ既成戯曲を扱う事を通じて、現代における演劇と社会の繋がりについて考えていく。
出演

串尾一輝(グループ・野原)*
新田佑梨*
畠山 峻(people太、円盤に乗る派)
(*)=青年団

スタッフ

演出:橋本 清(ブルーノプロデュース、y/n)
音響・他:櫻内憧海(お布団) *
宣伝美術:得地弘基(お布団)
演出助手・当日運営:山下恵実(ひとごと。) *
制作:半澤裕彦 *
(*)=青年団

総合プロデューサー:平田オリザ
技術協力:大池容子(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)<<

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:1966年、早稲田小劇場の杮落とし公演で初演

感染者数増加に転じる 東京都内の新型コロナウイルス感染者数推移

東京都内の新型コロナウイルス感染者数推移

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 東京都内の新型コロナウイルスの感染者数は再び増加に転じているようだ。コロナについて希望的観測で語る人たちは感染者数がピークアウトしたともう流行が収束したようなことを語り始めていたが、このブログサイトに以前何度も書いたようにPCR検査の件数を徹底的に増やして、無症状の陽性者をあぶりだし、PCR陰性になるまで隔離するようなウイルスを抑え込んだ国が共通して取っている施策を日本はやっていないので、この状態だと感染者数が根本的に減少してゼロ近くになるようなことはありえず、人々が感染を警戒して、外に出ずにいることで新規感染者数が少し減ると「経済を回さないと」論者が「もう大丈夫だから旅行や飲食もどんどんしよう」みたいなことをいいだしたり、「コロナはただの風邪」的なことを言い出す人が出てきて、人が外に出だすと今度は覿面に感染者数は増えてしまう。今のような施策を続けている限りそういうことにならざるをえないと思う。
 私はももクロファンだから有観客ライブをやってほしいが、数万人の規模でファンが集まり、大声でコールするようなライブはコロナに根本的な治療法が開発されるか、市中の感染者数がゼロにならないと困難だと思っている*1。もちろん、五輪はどう考えても無理だと思っているが、テレビなどは利権にかかわっているから五輪の開催に対しネガティブな発言はほとんどできないわけで、非常にヤバイ状況だと考えている。
 10月1日は235人。これは確実に増えていますね。むしろ、一時二桁に減っていたのは連休とかで検査数が少なかっただけではないか。逆に連休中の人出は多かったから、来週ぐらいにどのぐらいになるのかが心配。要注目である。
simokitazawa.hatenablog.com

*1:妹グループのそれのような、より小規模なライブは野外開催など条件次第でまた話が違う。