下北沢通信

中西理の下北沢通信

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乗越たかお氏の「バレエファンのためのコンテンポラリー・ダンス講座」

 舞踊評論家の乗越たかお氏が「バレエチャンネル」というサイトで「バレエファンのためのコンテンポラリー・ダンス講座」*1という連載(毎月10日更新、現在6回目まで)をスタートさせた。最近、見つけて目を通して見たのだが、これがとても面白い。
 内容は簡単に表現すればサイトの対象からもバレエファンのために普段あまり親しみがないジャンルであるコンテンポラリーダンスを紹介するという体になっているのだが、ダンスの講義においてありがちであるダンス(バレエ史)を追うという形式になっていないのがいい。
 というのは読んで見て気が付いたのだが、コンテンポラリーダンスの最大の問題は日本にジャンルとしてのコンテンポラリーダンスが現れて30年程度になるが、その間にジャンルが常に新奇なものを求めて、拡散していったこともあり、ある時期以降「なんでもあり状態」となり、具体的にコンテンポラリーダンスってこういうものですと言い切ることが困難になった。
 実はこの分かりにくさが大衆的なアートとしてこのジャンルが一般に広がりにくい一因となっていると思うのだが、乗越氏の連載を読みながら、そういえばコンテンポラリーダンスというものの輪郭さえはっきり分からなかった私たちはそれに何とか接近しようとして、バレエやモダンダンスなどの既存ジャンルに足場を置き、これにアプローチしようとしていたのを思いだしたからだ。
 そうした時代を代表するダンス入門書が桜井圭介氏の「西麻布ダンス教室」であり、当時私はこれを参考書のように活用しながら、日本でも実際に上演された海外作家・国内作家の作品をかたっぱしに見始めたことを思い出したが、乗越たかお氏の「バレエファンのためのコンテンポラリー・ダンス講座」も今このジャンルに興味を持ちだしたダンスファン(バレエファン)にとっては格好の手引きとなるかもしれない。

 ネット媒体でのテキストが紙媒体と比べて優れているのは記事内にYoutubeなどの映像資料を自由に引用できて、書いていることの例証とできることだ。映像でもできるけれど残念ながら著作権の問題から、動画サイトにレクチャーを掲載したとしてもそこで参照した映像などをそこで見せることはできない。もうひとつはダンスの場合、演劇と比べるとその内容を短時間で参照できる映像が数多く公開されていることだ。
 この乗越氏の記事でも多少面倒ではあるが、リンクが張られている映像を参照しながら、記事を読み直してみると理解度が格段に上がる。
 実は10年以上前にこれは実際に見た乗越氏のレクチャーに刺激されて、自分でもYoutubeダンス入門*2*3*4を試みたことがあった。結局、通常のダンスのレビューなどと比べてページ訪問者の関心も呼ばないようなので、情熱を失ってしまったのだが、その後大阪時代に実際に行った自分のレクチャーでの経験からしても、動画サイト上で見られるダンスの動画は多いのだが、動画を自ら探し出すには相当以上の知識の持ち主でないと困難であり、そういう意味では残念ながら宝の持ち腐れ的になっているのが現状だ。
 実際の内容については「バレエチャンネル」で実物を読むことができるので直接リンク先で記事を読んでいただきたいが、少しだけ紹介しておくと例えば「〈第5回〉群舞とユニゾン〜強すぎて危険な魅力、その光と影〜」で乗越氏は群舞の実例としてまずバランシンの「セレナーデ」を紹介。次にマリウス・プティパの『ラ・バヤデール』、『ジゼル』の2幕とバレエファンならだれでもよく知るような作品を素材に群舞とユニゾンについて語っていくのだが、ここから話は突然シディ・ラルビ・シェルカウイに話が飛び、映像とともにその作品世界を紹介する。
 ここまではこの記事を読むほどのバレエファンなら知っているよとなるところだが、この連載の魅力はここからそれでは〈昨今のコンテンポラリー・ダンスが、バリバリのユニゾンを避ける理由〉という主題でなぜコンテンポラリーダンスがユニゾンの群舞を嫌うかの考察を開始する。
 これはコンテンポラリーダンスの観客からすればそうであることがあまりに当たり前のことなので逆に改めて考えることがあまりない盲点のようなものかもしれないが、ここで改めて「当たり前のこと」を再考させるのがこの連載の魅力であろう。
 そして、もうひとつの売りは通常のバレエ雑誌の連載ならここまでで終わるところをこの回では下島礼紗のケダゴロ『sky』というあえてそれほど知名度が高いわけではない若手のダンス作家を取り上げて、それまで論じてきたことが最新の日本のコンテンポラリーダンスの状況の中でどのように立ち現れているのかを示してみせていることだ。
 ここでは全体としてバレエ→海外の現代作家(コンテンポラリーダンス)→現代の日本の作家という順序で構成されているわけだが、他の回でもこうした構成が守られていることが多いのがこの連載の特色でもある。
 これはおそらく日本のコンテンポラリーダンスと例えば典型的な西洋のダンス(バレエやモダンダンス)には大きな乖離があって、それが一般の舞台芸術ファンからコンテンポラリーダンスを見えにくくしているという認識があるから、そこに補助線を引いてみたということではないかと思う。
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