下北沢通信

中西理の下北沢通信

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シェイクスピア劇のセリフ、縦横無尽に引用。Kawai Project「ウィルを待ちながら ~インターナショナル・ヴァージョン」@こまばアゴラ劇場

Kawai Project「ウィルを待ちながら ~インターナショナル・ヴァージョン」@こまばアゴラ劇場

田代隆秀はシェイクスピアの全作上演を果たしたシェイクスピアシアターの創設者のひとり。退団後は劇団四季に参加、『オペラ座の怪人』などのミュージカルにも出演する一方で、近年は平幹次郎や蜷川幸雄のカンパニーでもシェイクスピア作品を演じてきた。
高山春夫は鈴木忠志率いるSCOTの出身。同劇団で代表作『リア王』に出演したほか、近年はやはり『リチャード三世』『ロミオとジュリエット』など蜷川幸雄演出のシェイクスピア作品に次々と出演してきた。
それぞれの所属した劇団四季、SCOTという母体からしても日本の演劇を支えてきたと言える二人が参加して劇中で縦横無尽に引用されるシェイクスピアのセリフを丁々発止にやりとりするのがこの舞台の魅力だ。それを作演出するのが日本を代表するシェイクスピア学者であり、さらに言えば日本最強の「シェイクスピアオタク」と言えそうな河合祥一郎。となればシェイクスピア好きな演劇ファンにはたまらない作品と言っていい。
2018年に今回と同じこまばアゴラ劇場で初演された作品*1ではあるが 、今回はやはりシェイクスピア作品の引用を多用していた野田秀樹の「フェイクスピア」を観劇した記憶も新しい時期に観劇としたこともありどうしてもこの2作品を比較したくなってしまった。
「フェイクスピア」と「ウィルを待ちながら ~インターナショナル・ヴァージョン」には共通点が多い。ひとつは物語の始まり方だ。「フェイクスピア」では舞台冒頭に白石加代子が登場して観客席に向かって「白石加代子です」と名乗るところからスタートする。この「ウィルを待ちながら 」でも田代隆秀、高山春夫はそれぞれ本人として登場し、シェイクスピア劇との出会いを語り始める。
 面白いのは田代隆秀、高山春夫の特別なところは、ここで語ったことは個人の回想に過ぎないのに登場する演出家、劇団、作品の固有名詞が凄いことだ。文学座鈴木忠志浅利慶太蜷川幸雄、平幹次郎、「レ・ミゼラブル」……。そのままで戦後の日本演劇史を語ることになっている。
 もちろん、この作品の最大の売り物はシェイクスピアの引用だから、過去のそれぞれのエピソードが詳しく語られるというわけではないけれど、海外での上演も視野に入れた「インターナショナル・バージョン」ということを踏まえるとシェイクスピアが日本においてどのように受容されていて、日本の演劇の中に位置づけられているのかというのが自然に伝わるようにもなっている。
そういう意味でこの作品は「演劇についての演劇」だ。その意味ではシェイクスピアの作品自体そういう色合いを持っている。後半連続して引用されるセリフにはこの世界を舞台に準えているものが数々ある。
 それだけではなくこの作品は有名な過去の演劇作品を下敷きとしている。ひとつめは言うまでもなくベケットの「ゴド―を待ちながら」だ。「ウィルを待ちながら」という表題も二人の男が誰かを待っているが、なかなかその人は現れないという筋立ても明らかに「ゴド―待ち」を意識している。
 そして作者が意識しているもうひとつの作品は「ゴド―」ほど明確に示されているが、清水邦夫の「楽屋」がやはり発想のもとにあると思っている。ここで何かを待ちながら延々と時間をつぶしている男は現実の存在ではない。「楽屋」にもシェイクスピアの作品にも繰り返し現れる亡霊のような存在ではないかというのが次第に分かってくる。そこも芝居好きにはたまらない魅力だ。
 とはいえ、やっかいな部分もある。「シェイクスピア全40作品から名ゼリフを集めて1本の芝居に仕立て上げた」といえばいいように思うが、そこまでやると「フェイクスピア」で野田が行ったような演劇ファンならそれが何かすぐ分かるというような域を超えてしまう。
 途中で互いにシェイクスピア劇を演じあい、引用源を当てあうシーンも出てくるがほとんどシェイクスピアカルトクイズの域に入ってしまっている。
 作者の河合祥一郎に匹敵するような「オタク」のみがキャッチアップできるのではないか*2
 さらにセリフの一部は原語(英語)のまま演じられる。マスクをしたままでこれを見ざるを得ない状況は私にはかなり厳しい環境で、集中力が何度か切れそうになった。
 とはいえ、NODAMAPの橋爪功白石加代子についても同じように書いたが日本を代表する舞台俳優である田代隆秀、高山春夫の丁々発止のやりとりには見るべき価値がある。ましてやこまばアゴラ劇場という狭い空間で至近距離でそれが見られたというのは演劇ファンとして得難い快楽であったと思う。

作・演出:河合祥一郎
出演 田代隆秀、高山春夫

シェイクスピア翻訳・研究で知られる河合祥一郎が、シェイクスピア全40作品から名ゼリフを集めて1本の芝居に仕立て上げた作品。2018年の初演後シビウ国際演劇祭招聘作品となりながらもコロナ禍ゆえに延期され、2022年の演劇祭参加に先駆けて、ついに待望の再演! 初演の台本に手を入れ直し、ヴァージョンアップしてお目見えする! ウィルを待ち続けるふたりの役者が口にする名ゼリフの数々! 果たしてウィルとは何者なのか?

2021年7月2日[金] - 2021年7月11日[日]

Kawai Project

ウィルを待ちながら ~インターナショナル・ヴァージョン

作・演出:河合祥一郎

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:ここまで来るとそのシェイクスピア愛に感心こそすれ、それが知的な意味で面白いとは思えない。