下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

会場に響き渡る透明な歌声 ピアノだけの「希望の向こうへ」に思い託す「ももクロ 春の一大事2022 ~笑顔のチカラ つなげるオモイ in 楢葉・広野・浪江 三町合同大会~」1日目@福島Jヴィレッジ

ももクロ 春の一大事2022 ~笑顔のチカラ つなげるオモイ in 楢葉・広野・浪江 三町合同大会~」1日目@福島Jヴィレッジ

ももいろクローバーZももクロ)は4月23、24日に福島・Jヴィレッジでライブイベント「ももクロ 春の一大事2022 ~笑顔のチカラ つなげるオモイ in 楢葉・広野・浪江 三町合同大会~」を開催した。ももクロの春ライブは「春の一大事」と題して、各地方の地方自治体と提携し、共同開催する今の形を取るようになってこれが4回目。埼玉県富士見市滋賀県近江市、富山県黒部市と続き、今回は 楢葉・広野・浪江 三町合同大会として開催されたが当初2020年の東京五輪を前に復興のシンボルこめられこめられ聖火のスタート地点とされたこの地で予定されていたのがコロナ禍による二度の延期をへてようやく今春実施されることになった。
ももクロの野外での大規模なライブも黒部市での「ももクロ 春の一大事2019」以来の開催となり、今回はその時以来となる周回ライブ(きてくんちぇパーク)も開催されたことから、マスクの着用義務、コールの全面禁止など感染予防に十分な注意をしながらとの前提条件付きではあるが、いよいよ本格的なライブ活動再開へと大きく舵をきったといえるだろう。
 ももクロには「Hanabi」のような鎮魂をイメージした楽曲や死からの再生を主題にした楽曲もあるのだけれど、今回のライブではあえてそういう東日本大震災の被災者や原発事故による被災などを感じさせる楽曲ははずして、いまや春の一大事のテーマ曲となりつつある「幕が上がる」の関連楽曲や「背番号」「吼えろ」「何時だって挑戦者 -ZZ ver.-」「勝手に君に-ZZ ver.-」などの東北楽天イーグルス田中将大の登場曲を地元の人たちを含めた東北の人たちへのエールとして、セットリストを組んだ。
 とはいえ、今回の「ももクロ春一」の曲中で白眉となったのは宗本康兵のピアノのみの演奏による「希望の向こう側」の歌唱といえるだろう。冒頭の透明感のある高城れにのソロが印象的なナンバーだが、この歌は福島第一原発事故の被災地となったこの地の復興後、コロナ後への明るい未来に祈りを捧げたようにも思われた。これまでは「ももクロ春一」では毎回地元の子供たちのコーラスとの共演が毎回披露されて、感動の場面となってきたが、今回はコロナ感染防止の観点から地元の子供たちの出演はあきらめざるをえなかった。

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 代わりに組み込まれたのがピアノ演奏のみでの楽曲披露の場面で今回は「希望の向こうへ」「行く春来る春」の2曲を披露。以前はこういうところでは緊張のあまり音程が揺らいでしまうようなことが多かった高城だが、今回は堂々とした安定ぶりで、ももクロ全体としても広い会場の隅々まで生声だけで支配する圧倒的な歌唱力の高さを見せつける形となった。
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ももいろクローバーZ「ももクロ 春の一大事 2018」@滋賀県 布引運動公園陸上競技場(布引グリーンスタジアム)ニコニコ生放送

ももいろクローバーZももクロ 春の一大事 2018」@滋賀県 布引運動公園陸上競技場布引グリーンスタジアムニコニコ生放送

ももいろクローバーZももクロ 春の一大事
2018 in 東近江市 ~笑顔のチカラ つなげるオモイ~ 」
滋賀県 東近江 (布引運動公園陸上競技場)
野外 ライブ コンサート

01. 笑ー笑 ~シャオイーシャオ!~
02. CONTRADICTION
03. サラバ、愛しき悲しみたちよ
04. ザ・ゴールデンヒストリー
05. Chai Maxx
06. 吼えろ!
07. 走れ!-Z ver.-
08. ピンキージョーンズ
09. 行くぜっ!怪盗少女
10. 青春賦
11. 希望の向こうへ
12. ももクロのニッポン万歳!
13. コノウタ
14. スターダストセレナーデ
15. チントンシャン!
16. BLAST!
17. GET Z, GO!!!!!
18. Link Link
19. 行く春来る春
20. 桃色空
<アンコール>
21. DECORATION
22. 勝手に君に
23. サボテンとリボン
24. 灰とダイヤモンド

青年団第92回公演「S高原から」(3回目)@こまばアゴラ劇場

青年団第92回公演「S高原から」(3回目)@こまばアゴラ劇場


再演    再々演
                   1994本公演 2005本公演 2020本公演

 西岡 隆・・・・入院患者・絵描き   足立誠   奥田洋平 吉田庸 
 上野 雅美・・・面会人        山本崇子  辻美奈子 村田牧子 

 前島 明子・・・入院患者・絵のモデル 和田江理子 能島瑞穂 南風盛もえ

 村井 康則・・・半年の入院患者    山内健司  古屋隆太 木村巴秋
 大竹 良子・・・面会人        志摩真実  井上三奈子 瀬戸ゆりか
 佐々木 久恵・・大竹良子の友達    安部聡子  田原礼子  田崎小春

 福島 和夫・・・4年目の入院患者   増井太郎  大竹直   中藤奨

 鈴木 春男・・・面会人        田中ひろし 古館寛治  串尾一輝
 藤原 友子・・・面会人        原田雅代  月村丹生  和田華子
 坂口 徹子・・・面会人        山田秀香  たむらみずほ

 吉沢 貴美子・・入院患者・妹     広瀬由美子 端田新菜 山田遥野
 吉沢 茂樹・・・貴美子の兄      大塚秀記  山本雅幸 山田遥野

 本間 一郎・・・新しい入院患者    永井秀樹  秋山建一 松井壮大

 松本 義男・・・医師         志賀廣太郎 ← 大竹 直
 藤沢 知美・・・看護人        松田弘子  (看護師)村井まどか  
 川上 俊二・・・看護人        大木透   (看護師)岩崎裕司 島田曜蔵

作・演出:平田オリザ
高原のサナトリウムで静養する人、働く人、面会に訪れる人…。
静かな日常のさりげない会話の中にも、死は確実に存在する。
平田オリザが新たに見つめ直す「生と死」。

1991年初演の名作を8年ぶりに再演。


チラシに関する誤植のお詫び・訂正(2021.12.12)
『S高原から』公演チラシにおいて、記載内容に一部誤りがございました。
深くお詫び申し上げますとともに、次のとおり訂正させていただきます。

<訂正内容>
【誤】 1992年初演の名作を8年ぶりに再演。
【正】 1991年初演の名作を8年ぶりに再演。

出演
島田曜蔵 大竹 直 村田牧子 井上みなみ 串尾一輝 中藤 奨 南波圭 吉田 庸 木村巴秋 南風盛もえ 和田華子 瀬戸ゆりか 田崎小春 倉島 聡 松井壮大 山田遥野

スタッフ
舞台美術:杉山 至
舞台監督:中西隆雄 
舞台監督補:三津田なつみ
照明:西本 彩
衣裳:正金 彩 中原明子
宣伝美術:工藤規雄+渡辺佳奈子 太田裕子
宣伝写真:佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト:山口友里
制作:金澤 昭 赤刎千久子

いわば「逆YOASOBI」 クラブミュージックからイメージされた文学を朗読 しあわせ学級崩壊「リーディング短編集#1」(A team)@Cafe BPM池尻大橋

しあわせ学級崩壊「リーディング短編集#1」(A team)@Cafe BPM池尻大橋



大音量のEDMの音楽に乗せて、セリフをラップのような抑揚でフレージングしていくのがしあわせ学級崩壊のスタイル(様式)*1しあわせ学級崩壊「リーディング短編集#1」では2つの形式でのリーディング(朗読)公演が行われ、音楽に合わせた独特のフレージングの可能性を探る試みとなった。
2つの形式と書いたが今回の公演には古典といってもいい短編小説をこの公演のために僻みひなたが作った4つの楽曲に併せて朗唱するAteamとその4つの楽曲を原イメージにそこからそれぞれの劇作家が書き下ろした新作戯曲を朗読するBteamがあるこの日観劇したのはそのうちAteamである。
音楽では小説からのイメージを基に楽曲を制作するYOASOBIの手法が注目されているが、こちらはオリジナルのクラブミュージック(EDM)からイメージされる短編の文学作品を選び、それを音楽に合わせて朗読するのを見せるという意味で「逆YOASOBI」と言ってもいいかもしれない。

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この日朗読された文学テキストは太宰治「待つ」*2堀辰雄「X氏の手帳」*3夢野久作「線路」、宮沢賢治「マリヴロンと少女」の4編だが、いずれの小説も何を朗読することにするかはそれぞれの読み手が演出も手掛ける僻みひなたと相談のうえで決定しているということのようだ。
この日会場となったCafe BPM池尻大橋は通りに面し大きなガラス窓1面1面に広がっている開放的なカフェ空間。ただリーディングでは締め切った窓を背中に演者は設置されたマイクに向かって椅子に座ってリーディングを行う。それが異なるパフォーマーによって4回行われることになるが、それを座って見ている観客の感覚では演劇の公演を見ているというよりはアコースティックなライブを見ている感覚に近いかもしれない。
特に最初の大田彩寧による太宰治「待つ」は「省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷いベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。」などと口語的な女性の一人称描写で書かれていることもあり、メロディーのような抑揚はないけれどもリズムを一定で刻むトラックとも相まって、日本語ラップの一節のように心地よい音楽として聞こえてきた。

太宰治「待つ」大田彩寧
堀辰雄「X氏の手帳」福井夏
夢野久作「線路」村山新
宮沢賢治「マリヴロンと少女」上岡実来

音楽・演出・構成:僻みひなた(しあわせ学級崩壊)
音響・録音・ミックス:深澤大青
文芸補佐:永瀧かづみ
演出補佐:伊岡森愛
宣伝美術:西田麻梨果
デザイン:のりのり
衣装・会場照明:神田夕莉
当日運営:野田ひまわり、あさぎなぎさ、高田ゆきな、中荄啾仁
撮影:yoshikino
広報:岩上みねこ
制作:佐々木美優、濵田優里
企画制作:林揚羽
主催:しあわせ学級崩壊
(以上、しあわせ学級崩壊)
WEB:ブラン・ニュー・トーン(小林タクシー、阿波屋鮎美)

HANA'S MELANCHOLY 〈シアター風姿花伝劇作家支援公演〉『風-the Wind-』@シアター風姿花伝

HANA'S MELANCHOLY 〈シアター風姿花伝劇作家支援公演〉『風-the Wind-』@シアター風姿花伝

Reading「風ーthe Wind-」

4月はコロナ禍で中止になった公演の復活上演が目立つがHANA'S MELANCHOLY 『風-the Wind-』(シアター風姿花伝)もそういう1本である。HANA'S MELANCHOLY *1は劇作・一川華、演出・大舘実佐子という2人の女性コンビによる演劇ユニットである。これまでその作品を年間ベストアクト*2に取り上げるなど注目してきた集団だ。
 性(ジェンダー)を含む社会性の高い問題に切り込み、直接アニメなどとの関連性はないが、その作品自体はリアリズムというよりは2・5次元演劇的なエンタメ性も感じさせる作りともなっているのが特徴。一方で物語性を重視した骨太な作りなど最近の小劇場演劇の流れとは一線を画した動きを注目してきた。
 現実と非現実が地続きのように描かれる演劇は最近珍しくはないけれども、この集団の場合、その描き方に他にはないような特徴を感じる。現実と非現実という書き方をしたが、『風-the Wind-』では現実として描かれるのが、背中の痣にコンプレックスを持つ女性が背中に竜の入れ墨を入れるために風俗店で働くことにするが、入れ墨のせいで客からクレームが入り、店での評価が大幅に下がり、性行為の対価としての賃金を大幅に下げられてしまう。風俗と入れ墨というあまりリアルな形では演劇で取り上げられることは珍しい主題を正面から取り上げて、性行為などの場面を正面から描くということはないけれども取材を基にある程度リアルな筆致でそれを描き出している。
一方で主人公の女性は店の電話にかかってくる謎めいた電話でアフリカに住んでいて、性器切除などの女性の尊厳を侵犯する行為を強制される女性と不思議なつながりを持つことになる。アフリカの女性からの電話が突然風俗店のウエイティングルームの連絡内線に入ってくるなど、実際にはありえないことが中盤以降相次いで起こる。アフリカの出来事と風俗店の女性が自らの身体に入れ墨を入れる行為は身体を人為的に傷つけるという意味では共通点があり、響き合っているともいえるが、それを強引に結びつけてしまうということには論理的な整合性というよりはイメージによる連鎖という側面が強く、観客である私にとってはそれがもやもやとしてしまうことでもあり、自分とかけ離れた発想という点では面白くも感じた。

【概要】
シアター風姿花伝劇作家支援公演 HANA'S MELANCHOLY 『風-the Wind-』を2022年4月に上演いたします。日米でのリーディングを経て、初のプロダクション上演となります。是非、ご期待ください。

【梗概】
現代東京。性風俗店で働く奈菜子は、自分の心を奮い立たせるために龍の刺青を彫る。すると、身体の値段が他の風俗嬢よりも安くなってしまう。自身の価値に疑問を問い続けていたある日、一冊のパンフレットが届く。そこには「世界の恵まれない女の子へ、支援を」と書いてあった。

東京とアフリカのどこかの小さな村。一本の電話を通じた、二人の少女の交流を描き出す。

【プロダクションヒストリー】
2019 「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」フリンジ オープンエントリー作品 
2020 米国 ノートルダム大学 オンラインリーディング
2022 モントリオール女性劇作家国際会議 公式プログラム
   ※新型コロナウイルスの影響を受け上演中止
その他注意事項 【ダブルキャストにつきまして】
当公演では2班によるダブルキャストで上演致します。
公演により出演チームが異なりますので、事前にご確認下さい。

Ⓐ班…奈菜子:いしがめあすか/ルーシー:増田野々花
Ⓑ班…奈菜子:白濱貴子/ルーシー:簑手美沙絵
※急な変更が発生する場合もございます。予めご了承下さい。

【作品に関する注意】
本作品は下記の描写、表現を含みます。観劇前に必ずご確認下さい。対象年齢は定めておりませんが、中学生以上の観劇を推奨しております。

1. 女性性器切除
2. 男女による性描写
3. 自殺を仄めかす表現(リストカット・駅ホームへの飛び込み)
4. その他:肉体破損を示唆するワード、性器の名称などを含むワード

※2022年2月1日(火)更新

【上演台本の無料貸出につきまして】
当団体では上演前に希望者の方に上演台本の無料貸出を行います。
ご予約方法などの詳細につきましては3月上旬に公開いたします。
スタッフ 作:一川華
演出:大舘実佐子
音楽:高根流斗
音響:竹下好幸
照明デザイン:松田桂一
舞台監督:みさわだいち(Team連)
演出助手:桜田実和(東のボルゾイ)、千一、大貫友瑞
広報デザイン:松島遥奈
メインビジュアルイラスト:蔡云逸
制作:栗間夏美、川崎歩(歩夢企画)
協力:歩夢企画、柿喰う客、株式会社エッグスター、株式会社ミズキプロ、北区AKT STAGE、劇団青年座、Team連、東のボルゾイ(五十音順)
主催:合同会社風姿花伝プロデュース

MUM & GYPSY 15th anniversary year vol.1「四月生まれの雷」@新宿ルミネ0

MUM & GYPSY 15th anniversary year vol.1「四月生まれの雷」@新宿ルミネ0

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「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。 ことなった、世界。および、ひかりについて。」は2013年に発表してから10年、ヨーロッパやアジアなど多くの土地で発表してきました。
「Light house」は、那覇文化芸術劇場なはーとのこけら落としプログラムとして2022年2月に発表、東京芸術劇場シアターイーストでも公演を実施しました。

展示作品『四月生まれの雷』では、4週にわたり戯曲を書き下ろします。『てんとてん〜』のロビーでは、Chapter 1「春のかみなり」、Chapter 2「あたらしい宿」、『lighthouse』のロビーでは、Chapter 3「四月生まれの」、Chapter 4「あたらしい窓」も含めた全編の展示を行います。

"四月生まれの雷"

遠く響く雷鳴が耳まで届く、四月。窓よりずっと向こうだった、たったいま生まれた雷がどこか丘に落ちたのは。その瞬間、駆け巡って渦巻いた、まだ名前のない感情は激しかった。わたしは、わたしたちは、その音を。ここで、この部屋で聞いていることしかできないのだろうか。光に触れることができないように。身体の内側には、冷めようのない熱がたしかに在るのを感じるのに。居ても立っても居られないから、外へ出ようとおもった。いまだったら手をのばせる気がした。どこか丘に落ちた、音まで。光まで。靴を履いて。扉をあけて。瞬きすることさえ忘れてしまいたい。たとえば、新宿まで歩いていく。あるいは、新宿にて待っている。

2022.3.22 藤田貴大

批評する行為への批評にも見えた舞台。 ロロ「ロマンティックコメディ」@東京芸術劇場

ロロ「ロマンティックコメディ」@東京芸術劇場



ロロ「ロマンティックコメディ」@東京芸術劇場を観劇。「ロマンティックコメディ」という表題だが、いわゆる「恋愛」が主題であるラブコメディー(少女漫画などではラブコメと総称される)とはまったく異なる筋立てである。以前ロロの作演出である三浦直之を「失恋ストーリーの巨匠」と評したことがあったが、そういう意味では「喪失」という共通項はあってもそういう物語群とも違うカテゴリーであるといえそうだ。
 というのはこの物語がここには登場しない「すでに失われてしまった死者」を巡る物語だからだ。そして、すでに亡くなっている女性は物語の舞台となっているかつてカフェでもあってブックショップ(書店)に経営者の女性(森本華)と一緒に勤めており、この物語にはその妹(望月綾乃)も登場するが、姉の姿は直接描かれることはなく、彼女が残した一冊の小説を巡って、その作品を読んで語り合う人々の物語として展開していく。
三浦直之の描く作品世界*1では例えば谷川流の「涼宮ハルヒ」シリーズがそうであるように非日常系というか唐突にほとんどなんの説明もなく一見、日常的な物語世界に宇宙人のような非日常的なものが登場したりもすると指摘、アニメ・漫画的リアリズム、ゲーム的リアリズムがその背景にあるとしたが、この「ロマンティックコメディ」では随所に例えばこの作品でも言及される村上春樹がそうであるような寓話的というか、現実からは少しずれた空気感はあるけれど、以前のような完全に現実世界から逸脱した出来事は起こらない。
とはいえ、そうした非日常性の接点はある。というのは残された小説というのがロールプレイングゲームを彷彿させるような内容のライトノベルであるからだ。作品の仕掛けとして面白いのは不在の中心に亡くなった女性の死というのがありながら、作品自体はその死を直接描くことなく、小説を巡る物語になっていること。そして、「作品を読んでそれについて話し合う」という批評の原点のようなことを主題にしながら、故人と直接の面識がある店長と妹、ゲームでの対戦を通じて面識はあるが、実際に会ったことはないゲーム仲間(大場みなみ、大石将弘、新名基浩)、この書店に来てたまたま読書会に参加することになった男たち(亀島一徳、篠崎大悟)らとそれぞれ故人との距離感には違いがあり、それが小説へのかかわりにも違いを見せるということが描かれるのだが、これは三浦による一種の「批評を巡る批評」にも思えてくるのだ。そういう意味で描かれた小説が直接個人と関係がある私小説のようなものではなく、ライトノベルであるということはおそらく相当に重要で、ここには大別して小説を小説のテキストそのものとして物語として楽しむタイプの受容の仕方と小説をもとに作者の生きた現実を再構成していくような読み取りをするような受容の両方が描かれているのだが、最後にこの小説がかつて実はネットの小説サイトにもアップされていたことがあって、そこで作者のペンネームしか分からない状態で小説を読んでいた若い女性が登場するのが面白い。
 それまで描かれていたほかの人物が結局は多かれ少なかれ小説そのものより亡くなった作者のことを意識せざるをえないのに対し、彼女には小説は小説でしかなくて、作者と無関係に自立して受容されるのだということが示されるからだ。作者が死んだ後も小説は残り、生き続ける。
 ここで考えさせられるのは演劇はどうなのかということだ。もちろん、戯曲は作者から自立した文学的なテキストとして残り、存在し続けるが、演劇の上演自体は一回性のものだ。さらに今回のように作者自身が演出も手掛けて、劇場にもいれば観客は小説以上に作者と切り離して作品を受容することは難しい。
 これまでそういうことを明確に意識したことはなかったが、観客であり批評家でもある私は自分が批評するのが何なのかを考えさせられることになった。
 小説好きの三浦直之。架空の作家も登場するなかであえて太宰治村上春樹とともに綾辻行人の名前が言及されているのが大学サークルの同僚として嬉しかった。

ロマンティックコメディ
ロロの新作本公演!
 森本華[ロロ] :早川ひかり(ブレックファストブッククラブ 店主)
 望月綾乃[ロロ]:岬あさって
 大場みなみ:椎名となり

 大石将弘[ままごと/ナイロン100℃]:浦和寧
 亀島一徳[ロロ]:佐伯麦之介

 篠崎大悟[ロロ]:古池遠足
 新名基浩:藤井瞼
 堀春菜:浜辺白色

数年に一度やってくる移動図書館で開かれる読書会。「ブレックファストブッククラブ」のメンバーたちは、そのときにだけ集まって、長い時間をかけながらゆっくりと一冊の本を読んでいく…。

愛とか恋とは違う形でロマンティックを見つけたい。たとえばなんだろう。たとえば、読みかけの本を閉じて顔を上げたときとか。本を読む前の冬の日差しと、本の中の夏の景色と、本を閉じたあとに見上げた夜空が、混ざり合うほんの一瞬。そういう瞬間をたくさん集めて、物語を満たしたい。
日程
2022年04月15日 (金) ~04月24日 (日)
会場
シアターイース
作・演出
三浦直之
出演
亀島一徳 篠崎大悟 望月綾乃 森本華(以上ロロ)
大石将弘(ままごと/ナイロン100℃) 大場みなみ 新名基浩 堀春菜
プロフィール
ロロ
劇作家・演出家の三浦直之が主宰を務める劇団。2009年結成。古今東西ポップカルチャーをサンプリングしながら既存の関係性から外れた異質な存在のボーイ・ミーツ・ガール=出会いを描き続ける作品が老若男女から支持されている。15年に始まった『いつ高』シリーズでは高校演劇活性化のための作品制作を行うなど、演劇の射程を広げるべく活動中。主な作品として、『はなればなれたち』(19年)、『四角い2つのさみしい窓』(20年)、『Every Body feat.フランケンシュタイン』(21年)など。『ハンサムな大悟』(15年)は第60回岸田國士戯曲賞ノミネート。

http://loloweb.jp

【緊急アンケートまとめ】ももクロファン(モノノフ)に好きなアーティスト聞いてみた

ももクロファン(モノノフ)に好きなアーティスト聞いてみた


モノノフの中ではももクロのファンの特殊性などが以前から指摘されてきたが、「そんなこと言ってもどのグループもそれぞれだろう」との指摘も外部からはあり、その実態はファン自身にもよく分かっていなかった。だが、最近何度か他のアーティストに興味を示さずスマホをいじっているような人たちに対し「(アイドル)オタクはそういうものだ」みたいな声を聴く機会があり、疑問が込み上げてきて、ももクロの場合、一般に考えられているアイドルファンに比べて好きなアーティストに広がりがあるんじゃないかと考えて、実際にツイッターで緊急アンケートを実施してみた。
詳しい内容については一番上のツイートからコメントリンクで辿れるのでそれを参照していただきたいが、ある程度予想通りであったのは洋楽ファンやロック(バンド)のファンの比率がかなり高いことだった。ただ、当初は結果をまとめてランキングでも作ろうと思っていたが、早々に断念したのはその広がりがあまりにも広く数値的な集計が困難であることが分かったためだ。典型的な例をいくつか紹介するとこんな風だ。

以上ランダムに引用してみると、これだけでも洋楽をそれもジャンルにあまりこだわらずに広範に聴いてきたタイプの洋楽ファンがかなりいるということが分かっていただけるだろうか。これはももクロの音楽面を担当している宮本純乃介氏(キングレコード)とスタダの音楽担当である佐藤守道氏がいずれも洋楽への造詣が深いこともあり、新旧にこだわらずプログレ、ハードロック、メタル、EDM、ラップなどいろんなジャンルの楽曲をももクロ楽曲に採用していることもあり、最初音楽以外の理由でももクロに惹かれた人たちも含めて、次第にディープな楽曲のファンに引き入れることができているからかもしれない。ハロプロ、Peufume、48系、坂道系のような特定の音楽プロデューサーがももクロにはいないため、その分「なんでもあり」*1になっており、そういうことも一時代前の洋楽ファンを惹きつける要因となっている。
逆に今回アンケートをしてみて驚いたのはハロプロ、坂道、AKBなど王道アイドルを好きだったいわゆる「アイドルファン」がほとんどいないという結果が分かったことだ。アイドルとして挙げられているのはほとんどがモノノフになった後好きになったというスターダストプラネットの後輩グループであり、上記の王道グループアイドルファンはそれぞれ1~2件という少なさ。私自身も山口百恵斉藤由貴を挙げたが昭和アイドルの名前を挙げてはいたが、時代が違いすぎるので単に回答者の年齢が推測されるだけで、そこから直接つながっているとは考えにくいかもしれない。
今回はツイッターでのアンケート、告知のやり方から私のフォロワーが中心となったため、年齢面のバイアスはかなりかかっているとは思うが、180人の回答で数件しかないというのはモノノフ≠アイドルファンという通説はある程度正しかったのではないか。
もうひとつ腑に落ちたのはロックフェスなどにおけるモノノフの振る舞いで、他アーティストをも盛り上げるのは単純にももクロへの忠誠心だけではなく、好きな音楽の守備範囲が広いから実際にも好きだったり楽しめるバンドなどの範囲が広いということもあるのではないか。それが結果的に対バングループならびにそのファンからの印象を良くしているとしても……。
アンケートへ協力いただいた皆さん、有難うございました。

*1:新アルバム「祝典」ではついに尾崎紀世彦「また遭う日まで」カバーした。

シベリア少女鉄道『どうやらこれ、恋が始まっている 』@俳優座劇場

シベリア少女鉄道『どうやらこれ、恋が始まっている 』@俳優座劇場


シベリア少女鉄道『どうやらこれ、恋が始まっている 』(4月8~17日、俳優座劇場)は最近テレビのコントやドラマにも脚本を提供している鬼才、土屋亮一による新作。この劇団については「とにかく騙されたと思って一度見てみてほしい。驚くから」としか言いようがないのがもどかしいが、公演があるなら必見であることは間違いない。
この物語には表と裏の2つの世界があり、その2つはおそらく互いにかかわりのない並行世界のような構造なのだ。片方は謎めいた研究所の中での陰謀めいた出来事が描かれて、主要人物の何人かはそのなかで閉鎖された研究所の中に閉じ込められて、謎の殺人鬼によって次々と殺されたりしていく。舞台のタッチはサスペンス調の活劇のようにも思われるが、物語が進行していくと舞台の外側に登場人物の配置を示す地図やあれやこれやが現れ、シミュレーションゲームの中の出来事のようにも思われるように描かれている。一方、後半現れるのがもうひとつの世界でこれは美術家になる夢を諦めて故郷に戻ってきた男と兄、そしてそのふたりと付き合いのある女性の3人の一種の恋愛劇のような物語が描かれる。
趣向として面白いのはこの二つの物語は無関係だがシンクロして進行していて、表の世界の弟が住んでいる実家にある窓や押し入れ、ドアなどがすべて裏の世界とつながっていて、同時進行している裏の世界の一部分だけがそこから覗き見られるような仕掛けになっていることだ。
 

シベリア少女鉄道 vol.34
『どうやらこれ、恋が始まっている 』
 出演:
 イトウハルヒ:新城光
 曽根大雅[東のボルゾイ]:東謙吾
 兼行凛  :藤野桜

 仁科かりん:泉杏奈
 大見祥太郎:山口誠

 浅見紘至[デス電所]:遠藤広、堀貴弘
 川井檸檬 :巽幸一、堀圭太
 小関えりか:斎藤逢、橘麻理
【日程】2022年4月8日(金)~17日(日)
【会場】俳優座劇場

【作・演出】土屋亮一


【一般前売開始】 2022年3月19日(土)10:00~
【料金】 前売5,000円(税込)/当日5,500円(税込) ※全席指定・座席選択制

<来場購入特典>
①劇場に来場した方全員に特典として、漫画家・米代恭氏書き下ろしの本公演イメージビジュアルを使用した<特製クリアファイル(公演おたのしみコンテンツも封入)>をプレゼント
②さらに、配信では観られない<生おたのしみコンテンツ>を開演10分前に上演
【プレイガイド先行】
2022年3月12日(土) 12:00 ~ 3月18日(金)18:00(先着)
お申込みURL: https://eplus.jp/siberia-e/

<配信> ( 『Streaming+』視聴券)
【販売開始】 2022年4月2日(土)10:00~(配信期間終了日の4月26日(火)17:00まで購入可)
【料金】 3,000円(税込)
【配信スケジュール】 2022年4月19日(火)~26日(火)19:29まで
※内容は4月13日(水)の昼夜回を収録・編集したものになります。

【お問合せ】 シベリア少女鉄道 info@sibera.jp 090-4417-3803(10:00-20:00)
【劇団公式HP】 http://www.siberia.jp/

芸劇eyes 劇団あはひレパートリー上演『流れる』と『光環(コロナ)』@東京芸術劇場シアターイースト

芸劇eyes 劇団あはひレパートリー上演『流れる』と『光環(コロナ)』@東京芸術劇場シアターイース

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劇団あはひ「流れる」「光環(コロナ)」(4月9日、東京芸術劇場)の2本立てを観劇した。芸劇eyesの企画による過去上演された秀作の再演なのだが、特に「光環(コロナ)は「Letters」の標題で上演されたものを大幅改定し事実上の新作に作り直した。「Letters」はエドガー・アラン・ポーの探偵小説を原作に換骨奪胎し「生と死のあわひ」を描いた好舞台で私の2021年ベストアクト上位に選んだ作品で、これがどんな風に変わるのかにもっとも注目した。
劇団あはひは早稲田大学出身の若手劇団だが、中心メンバー在学中にすでに本多劇場での公演を行い、続いてKAATでも公演、今回は東京芸術劇場の企画公演にも選ばれた。早稲田にひさびさに現れた次世代のスター劇団候補である。
文学や古典芸能などを素材に能の形式を援用しながら、現代演劇として上演するというのがこの劇団のスタイルであり、この日上演された2本も世阿弥らが考案した複式夢幻能の上演形式に合わせて構築されていた。
しかも、当日配布されたパンフなどによれば様々な作品を引用しながら、それを下敷きとなる作品の筋立てに落とし込んでいくような構造となっており、さらにそこに大塚英二東浩紀らが漫画、アニメ、ライトノベルなどを対象に提唱した新たな表現形式である「アニメ・漫画的リアリズム」「ゲーム的リアリズム」などの手法も意図的に取り入れていると自らの方法論を公開している。
これはある意味批評にとって非常にやっかいなことである。というのは演劇批評は作品に込められた隠された構造や作者の隠された意図を精密な分析によって露わにすることにその本分があると考えているのだが、ここまで作者本人がいわゆる自作解説でそれを明らかにしてしまうと、それに基づいた論考は批評というよりは作者の俎上に乗った単なる作品解説に堕してしまいかねないからだ。そして、この理屈っぱさはそれぞれの方法論はまったく異なるのだが、現代口語演劇として知られる自らの方法論を事細かに開陳した平田オリザ以来の人材ではないかと思わせた。
この日上演された「流れる」「光環(コロナ)」はいずれも複式夢幻能の上演形式に合わせて構築されていると書いたが、それぞれの作風はかなり異なる。
「流れる」は能の「隅田川」を下敷きにした作品であるが、基本的にテキストおよび俳優の演技スタイルは平田らによる現代口語演劇に近く、ところどころ観客の方に向けて話しかけるなどチェルフィッチュを思わせる部分も意図的に取り入れられている。つまり、能の形式を現代口語演劇で構築するという様式なのだ。
隅田川」はいわゆる母親が失った子供を物狂いになって探し求めるといういわゆる「狂女もの」と言われる物語群の原型(プロトタイプ)といってもよいものだが、他の古典芸能にも影響を与えて、歌舞伎でも『出世隅田川』 - 初代市川團十郎作、『隅田川続俤』(法界坊)- 奈河七五三助作、『都鳥廓白浪』(忍の惣太)などの「隅田川もの」と呼ばれる派生作品が作られており、木ノ下歌舞伎による現代化上演もあり、それを見た人も少なくないかもしれない。この「隅田川」自体が伊勢物語東下りの段を引用しているという重層的な構造を持っているのだが、それに加えて能におけるワキのような役割を担う存在として後に「おくのほそ道(奥の細道)」として知られる東北地方への旅に出ようとしている松尾芭蕉と弟子の曾良が登場する。芭蕉がここで登場するのは芭蕉庵が隅田川のほとりにあり、そこから旅立ち「おくのほそ道」冒頭に舟に乗って出立し、千住大橋付近で船を下りて「行く春や 鳥啼なき魚の 目は泪」という句を詠んだ」という記述があり、そこからインスパイアされたものかもしれない。さらにこの作品は同じ能でも「井筒」という別の作品も引用されているのだが、「井筒」も伊勢物語とその作者である在原業平をモデルにした作品なのである。
とはいえ、「流れる」において「隅田川」と同等なほど重要な引用は他にある。それは手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」である。若い観客の中には知らない人もいるかもしれないが、「鉄腕アトム」は愛息トビオを事故によって失った天馬博士が息子そっくりのロボット(アトム)を作るが、ロボットであるアトムが人間のように成長しないのに腹を立てて、それを放逐してしまう。アトムはその後、お茶の水博士の手によって、修理され、そこから私たちもよく知るアトムの物語が始まるのだが、その原点にあるのがトビオの死であり、おそらく「流れる」という作品は梅若とトビオという何百年もの時を隔てた二人の男の子の死を重ね合わせたことで成立したのであろうと思う。
能にもよくあることだが、この「流れる」は時代が全く異なり本来は接点がないはずの「梅若の死」「トビオの死」「松尾芭蕉の旅立ち」が船の渡し場という場を借りて、融通無碍につながりあってしまうという構造になっており、このハイコンテクストな接続の仕方こそが大塚が考える「現代の能楽」なのではないかと思った。
出演者ではアトムを演じた古瀬リナオが印象的。ほかの登場人物が現代口語演劇的な演技体なのに対して、古瀬は漫画原作のアトムがそうであるようなまるで人間のように見えるロボットではなく、声のトーンを意図的に平たんにするなどで「ロボットらしさ」を表現しているのだが、それはやはり通常の演劇におけるリアルな肌触りからは距離をとった「アニメ・漫画的リアリズム」として表現されることで、演劇と漫画という異なるメディアを接続しているようなところがあり、そうであっても「愛する人の死」という普遍的な主題が時代や形式の違いを超えて成立し、人の心を動かすのだということを実践した舞台だったのではないかと思う。
ほとんど素舞台の何もない舞台のなかで唯一中央奥に置かれた白い円筒形のオブジェが「井筒」の井戸から「隅田川」の卒塔婆まで舞台上での見立てで変容していく舞台美術(杉山至)が素晴らしかった。
(続く)

『流れる』
作・演出:大塚健太郎
出演:上村聡 中村亮太 鶴田理紗 踊り子あり 古瀬リナオ

『光環(コロナ)』(新作化に伴い『Letters』改題)
作・演出:大塚健太郎
出演:古瀬リナオ 安光隆太郎 渋谷采郁 松尾敢太郎

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ラカンとデリダの「手紙」解釈を巡って。推理小説の始祖エドガー・アラン・ポーの「盗まれた手紙」を舞台化。劇団あはひ「Letters」@KAAT - 中西理の下北沢通信