下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

連載)平成の舞台芸術回想録(4) ままごと「わが星」

連載)平成の舞台芸術回想録(4) ままごと「わが星」

柴幸男(ままごと)をはじめ、快快(篠田千明)、柿喰う客(中屋敷法仁)、悪い芝居(山崎彬)らポストゼロ年代の作家の台頭により、明らかに新しい傾向が現れるのが2010年以降のことですが、彼らには先行する世代にない共通する傾向がありました。

ポストゼロ年代演劇の特徴
1)その劇団に固有の決まった演技・演出様式がなく作品ごとに変わる
2)作品に物語のほかにメタレベルで提供される遊戯的なルール(のようなもの)が課され、その遂行と作品の進行が同時進行する
3)感動させることを厭わない

 
 そのことに最初に気づかせたのが柴幸男作演出のままごと「わが星」(初演 2009.10.8.~ 12 三鷹市芸術文化センター 星のホール)だった。若くして一気に岸田戯曲賞受賞までのぼりつめたということもあるが、単に最初に認められたということだけはなく、それ以前の世代の平田オリザ岡田利規がそれぞれの同世代にそうだったように演劇における新たな方向性を最初に示したことには大きな意義があった。
「わが星」の登場も「三月の5日間」に劣らず衝撃的であった。実は「わが星」の初演は見ることができなかった。それというのも当時ままごとも柴幸男も関西にいた私にはあまりその評判が届いてはいなくて、無名に近い新人の新作のためだけに東京に遠征するというのは困難で、ネットを介してその評判が伝わってきた時点でもうチケットは完売。手に入るかどうかが分からない当日券狙いでの東京遠征も不可能だったからだ。
 そのため「わが星」を最初に見たのは何とか手に入れたDVD映像を通してであったが、映像を見ただけでもこれがこれまでに見た演劇とはかなり異質な作品で、現代演劇の歴史に「東京ノート」「三月の5日間」級のインパクトを与える作品だというのは十分に感じられ、プライベートで映像を見られる場所があったため、知人という知人に「これは凄い作品だから、ぜひ見るべきだ」とこれを見せ、その存在の普及に努めた。
 「わが星」のもうひとつの凄さは映像を通してもその魅力がダイレクトに伝わり、劣化の度合いが少なかったことだ。通常、演劇の魅力を映像で見せて伝えようとすると、魅力の大部分は抜け落ちてしまい「確かに生で見れば面白かったのかもしれないが、これではなんとも」というような微妙な反応になることが多いのだが、「わが星」は特有の観客を巻き込む力を持っていて、映像を見てもらった後の反応がビビットであり、実はそれまで現場原理主義(演劇は生で見ないとその魅力は伝わらない)という考えだったセミネールという映像を見せながらの舞台芸術のレクチャーをやろうと考えたきっかけもクローズドサークルでの「わが星」上映で得た体験が大きかったのだ。
実際の生の舞台を見ることができたのは2011年春の全国ツアーにおける伊丹アイホールでの舞台*1であった。「わが星」を見たのが2011年5月18日。東日本大震災の起きた同年3月11日からまだ2カ月と少しという時期だったからだ。
 冒頭に挙げたポストゼロ年代演劇の3つの特徴のうち最初の2つは漫画、アニメ、小説(ライトノベル)などですでにゼロ年代から顕著な特徴となっていた。実はこの問題を議論した時にいつでもここが大きな問題点となるのだが最後の「感動させることを厭わない」というのは共感性とか祝祭性と言い換えてもいいのだが、震災後シンドロームというか、この時期を支配した重苦しい空気感から逆に救いや癒しが求められた。舞台芸術の世界ではいわばこの時代のアンセムとなった作品として「わが星」と東京デスロックの「再生」「再/生」が挙げられるのだが、実はこの2作品はいずれも初演されたのは震災の前であって、それが震災後に再演された時に初演とは別の意味を観客に与え、それがきっかけとなって演劇界に大きなインパクトを与えたのではないかと考えている。
 「ちーちゃんという女の子が生まれて死ぬまでの一生を、この宇宙に地球が誕生して消滅するまでと重ねあわせることで「生」と「死」を描くというのが「わが星」という作品の構造だ。
 この連載の「東京ノート」と「三月の5日間」の項で、「近景」と「遠景」の対比を重要な要素として挙げたが、実はこの「わが星」にも類似の構造がある。この場合は「ちーちゃんの一生」が近景、「地球の誕生と消滅」が遠景といえるだろう。
 ただ、対比させる要素の関係は違っている。「東京ノート」「三月の5日間」ではそれが同一時間軸で並置されていたのに対し、「わが星」での「ちーちゃんの一生」「地球の誕生と消滅」は互いのイメージが互いを想起させるというメタファー(隠喩)の構造になっていて、この2つのイメージが重なり合うことで、一回性の生死しか生きることのできない人間の有限性とその死の悲劇が悠久の時間を円環構造を描いていく宇宙のイメージと重なりあうことで、生まれる救済の感覚につながるのではないかと思ったからだ。
 こうした構造がどこから生まれてきたかについてはソーントン・ワイルダーの「わが街」や少年王者舘からの影響が指摘され、本人も認めているからそれは間違いないところだろう。
 しかし、私個人の観劇歴に即していえばおそらく直接の影響関係は一切ないだろうとは思うが、「わが星」を見た時に強く想起させ、その類似を考えさせる舞台がかつてあった。それは上海太郎舞踏公司ダーウィンの見た悪夢」である。この作品はダンスパントマイムによる集団劇というこれまたラップ演劇の「わが星」に勝るとも劣らない特異な様式の作品であり、100回以上の上演を重ねた作品ながら、その多くが地元関西と海外での上演であり、東京での公演は数ステージにとどまっている。そのために東京の演劇関係者で実際の舞台を目にしたものは少数で、知名度も高くはないが、私個人にとっては「ダーウィンの見た悪夢」は「東京ノート」と並ぶ90年代演劇の傑作だったと考えている。次回の連載はこの作品について語っていくことにしたい。
 
 

わが星「OUR PLANET [DVD]

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「わが星」 公開された脚本
https://mamagoto.typepad.jp/files/%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%99%E6%98%9F2015-%E5%85%AC%E9%96%8B.pdf

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