下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ロロ「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」@アトリエ春風舎

ロロ「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」@アトリエ春風舎

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 私が最初に見たロロ(三浦直之)の作品が「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」(2010年、京都アトリエ劇研)であった。下記は舞台の劇評ではなく、公演からしばらくして大阪で開催したレクチャー「セミネール」*1からの抜粋だ。

『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』(2010)

出演:亀島一徳(六) 篠崎大悟(八) 望月綾乃(トビ) 北川麗(露島空) 小橋れな(先生) 崎浜純(蜻蛉) 多賀麻美(クリーム) 三浦直之(みうらこぞう)
脚本・演出/三浦直之 照明/板谷悠希子 音響/池田野歩 衣裳/藤谷香子(快快) 舞台監督/鳥養友美 宣伝美術/玉利樹貴 制作助手/幡野萌 制作/坂本もも

 この映像*2の最初の方に出てくるのが宇宙人らしい霧島空と主人公の六なわけですが、ギターをさして「その、君が背負っているそれは何? 世界?」などというセリフなどは意味ははっきりとはわからないのだけれど、どこかぐっとくるところがあります。もうひとつは一見子供たちの会話劇風の展開からはじまったりはしますが、この舞台全体が三浦が考えるアニメ的なリアリズムの演劇への導入であること。これはつまり、青年団などと比べてみればはっきり分かりますが、大人が小学生を演じるということからして目指しているのが「演劇的リアリズム」じゃないことは明らかです。興味深いのはロロの場合は(小劇場演劇の場合は大人が小学生を演じる際の約束事としてこれまで蓄積されてきたノウハウのようなものもあるのだけれど)そういうものをなんらかの技術によって提示しようともしていない。そこに特徴があるかもしれません。

 ここに書いたようにその後、私が「ポストゼロ年代演劇」と位置付けていった現代演劇における新たな潮流はこの作品を契機に広がっていったということもできるかもしれない。
 「わが星」で岸田戯曲賞を受賞し話題の柴幸男をはじめ、快快(篠田千明)、柿喰う客(中屋敷法仁)、悪い芝居(山崎彬)らポストゼロ年代の作家の台頭により、明らかに新しい傾向が現れるのが2010年以降のことだが、彼らには先行する世代にない共通する傾向があった。

ポストゼロ年代演劇の特徴
1)その劇団に固有の決まった演技・演出様式がなく作品ごとに変わる
2)作品に物語のほかにメタレベルで提供される遊戯的なルール(のようなもの)が課され、その遂行と作品の進行が同時進行する
3)感動させることを厭わない

 もちろん、こうした特徴のすべてが私が当時ポストゼロ年代演劇の作家と考えたすべての作家に当てはまるわけではない。三浦についてもその後ロロを中心に発表してきた作品群を勘案してみれば明らかに様式的な統一感はあり、上の特徴の「1)その劇団に固有の決まった演技・演出様式がなく作品ごとに変わる」というのが当てはまるのかどうかというのは微妙な部分もあるのだが、例えば高校を舞台にした連作青春劇的な色彩が強い「いつ高」シリーズとファンタジー色の強い本公演ではスタイルの違いがあるのも確かなのだ。
 ロロは公演ごとに演目に合わせて俳優を集めるプロデュースユニットの形式をとる劇団が多いこの世代において、日大芸術学部の出身者を主体に旗揚げのころからほぼ出演メンバーが固定した劇団らしい劇団である。それゆえこの「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」についても初演以降も再演を繰り返してはいたが、初演時とほぼ同じキャストでの再演であった。今回は出演者を全員オーディションで選び、それに合わせて演出も練り直しての再演となった。
演技や演出、そして衣装や舞台美術などが醸し出す世界観はかなり違うのだが、この舞台を見ていると10年以上前にいまはなき京都アトリエ劇研で見た舞台の記憶がかなり鮮やかに蘇って脳内で再生される。それでいてこの作品はいまこれを演じている俳優たちと共にあり、それはそれで間違いない。
今回のようなことはキャストを変えながら、何年もの間上演を繰り返してきた作品では起こることはあるが、「いつだって~」は何年も前に一度だけ観劇した作品で、そうしたことが起きたのは舞台内でギターをかき鳴らしながら熱唱した亀島一徳ら以前の上演キャストがそれほど印象的なものだったということかもしれない。
 今回のキャストで注目していたのが映画版と舞台版の「幕が上がる」と舞台版「転校生」にも出演していた金井美樹。上記の舞台は「幕が上がる」主演のももいろクローバーZのメンバーはもちろん朝ドラ女優の芳根京子伊藤沙莉、吉岡美帆、青年団の井上みなみ、藤松祥子ら逸材が多かったが、この作品に出演していたロロのオリジナルメンバーだった青年団の多賀麻美もその時の出演者のひとりであったという縁もあった。
金井美樹は謎の転校生で宇宙人である(らしい)露島空を演じている。美少女ぶりが際立っていて、非日常的な空気感を醸し出しており、強烈なインパクトを残したのではないか。前に見た時には篠崎大悟の八の望月綾乃のトビの印象が強く、自分が書いた台本を八に読ませるシーンなどが記憶に残ったが、今回は門田宗大と金井美樹のシーンが強く記憶に残り、金井演じる露島空にヒロイン感を感じた。最初から金井に注目していたがゆえの先入観もあるかもしれないが、そういう意味では同じ脚本ではあるがかなり異なる印象だったのも確かなのであった。
作者である三浦直之自身も「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」は2009年が初演で、「漫画、アニメ、ライトノベルへの愛情を目一杯詰め込んで書いたボーイミーツガールの物語」と作者自身が語っている。特定の作品を下敷きにしたわけではないけれど発表時期から考えても「涼宮ハルヒの憂鬱」など「涼宮ハルヒ」シリーズにかなり強いインスパイアを受けたことは間違いないだろう。転校生、露島空には謎の転校生、宇宙人、一緒にいるエンプティーという謎の存在などの道具立てひとつをとってみても「涼宮ハルヒ」を彷彿とさせる*3。昨年来、「涼宮ハルヒ」シリーズの新作「涼宮ハルヒの直観」が9年半ぶりの新刊として発売されたり、今年は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開などゼロ年代を代表するようなオタク系コンテンツの相次ぐリバイバル・リニューアルがある。三浦自身も新海誠のアニメ作品「秒速5センチメートル」(2007年)を朗読劇として蘇らせプロデュース公演として上演するなど上記の動きに力を注いでいる。舞台を見ながら、今回の上演にはそういう意味合いも感じたのである。


脚本・演出:三浦直之

『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』はロロ旗揚げ一年目に書いた作品です。僕が10代のころに読んだり観たりしてきた漫画、アニメ、ライトノベルへの愛情を目一杯詰め込んで書いたボーイミーツガールの物語で、これまで何度も再演を重ねてきました。「独白」と「対話」の間にある「告白」について考えるきっかけになった作品でもあります。でも、現在の僕はこの物語をかつてのように肯定することができません。当時の僕と今の僕とでは恋についての考え方が随分ちがっていて、ここで描かれる男性や女性の姿にどうしても違和感を抱いてしまいます。今回の上演で、その違和感にとことん向き合ってみようとおもいます。かつての自分が書いた言葉に今の自分はどんな風に応答できるのか。オーディションを通して新たに出会った俳優たちとじっくりと考えてみます。三浦直之

ロロ

劇作家・演出家の三浦直之が主宰を務める劇団。2009年結成。古今東西ポップカルチャーをサンプリングしながら既存の関係性から外れた異質な存在のボーイ・ミーツ・ガール=出会いを描き続ける作品が老若男女から支持されている。15年に始まった『いつ高』シリーズでは高校演劇活性化のための作品制作を行うなど、演劇の射程を広げるべく活動中。『ハンサムな大悟』で第60回岸田國士戯曲賞ノミネート。代表作に『はなればなれたち』『四角い2つのさみしい窓』などがある。


出演

朝倉千恵子 大中喜裕 門田宗大 金井美樹 関彩葉 高野栞

スタッフ

脚本・演出:三浦直之
音楽:NRQ
美術:伊藤鈴蘭
照明:松田桂一
音響:池田野歩
衣裳:藤谷香子
演出助手:中村未希 神保治暉
舞台監督:黒澤多生 
イラスト:一乗ひかる
デザイン:中西洋子
制作助手:黒澤たける
制作:奥山三代都 坂本もも


simokitazawa.hatenablog.com

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*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:www.youtube.com

*3:ハルヒ」のことを例示したが、金井美樹が演じる霧島空がUFOに対して出撃する戦闘美少女なのだと考えれば「エヴァ」の綾波唯や「イリアの空、UFOの夏」(秋山瑞人)のイリアが思い起こされるかもしれない。