下北沢通信

中西理の下北沢通信

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福名理穂が受賞、青年団から7人目。山本卓卓も順当。第66回岸田國士戯曲賞に山本卓卓『バナナの花は食べられる』と福名理穂『柔らかく揺れる』

第66回岸田國士戯曲賞に山本卓卓『バナナの花は食べられる』と福名理穂『柔らかく揺れる』

第66回岸田國士戯曲賞白水社主催)の選考会が2022年2月28日東京神保町・學士會館にて行なわれ、山本卓卓『バナナの花は食べられる』福名理穂『柔らかく揺れる』が同時受賞となった。

 「私の予想では山本卓卓が最有力。さらに同時受賞の可能性があるとすればこのところ毎年のように受賞が期待されている女性作家。瀬戸山美咲も」と書いたが、山本はほぼ予想通りに受賞。ただ、同時受賞が初ノミネートの福名理穂(ぱぷりか)だったのはある意味驚きの選考だったかもしれない。
 山本卓卓(範宙遊泳)の受賞は順当だったと思う。個人的には以前ノミネートされた山本卓卓「その夜と友達」(2017年)*1で受賞するはずと思っていたので遅きに失した感はあるが、実力通りの受賞結果を祝福したいと思う。
 一方、福名理穂(ぱぷりか)*2青年団演出部の所属でもあり、前田司郎(2008年)、柴幸男(2010年)、松井周(2011年)、岩井秀人(2013年)、谷賢一(2020年)に続きまたも青年団関係者(平田オリザ自身も含めれば7人目)の受賞となり、現代演劇における平田オリザが率いる青年団の2000年以降の快進撃に拍車がかかった印象だ。
 青年団には予想で取り上げた宮崎玲奈(ムニ)をはじめ、以前候補になった松村翔子(モメラス)、平成30年度 希望の大地の戯曲賞「北海道戯曲賞」大賞を受賞した大池容子(うさぎストライプ)ら複数の有力女性作家がおり*3、今回福名が賞に届いたことで、以前大池が話していたように「私にとっては岸田戯曲賞は夢ではなく、具体的な目標」との思いを共有している者も多いと思われ、前田、柴、松井、岩井らが立て続けに受賞したように「私が次に続く」とのライバル意識に燃えているかもしれない。
 今年のファイナリストにはジャニーズ事務所加藤シゲアキもノミネートされ、話題になったが受賞はならなかった。ただ、彼の作品「染、色」をやはり気になったので戯曲を読んでみた。美大生らの群像を描いたものだが、一読なかなか面白くて相当の書き手であると思わせるものがあった。選考委員がどう評価したのかは不明だが、この作品には演劇作品として独自のクオリティーがあるというより、漫画・アニメ原作やドラマのように立ち上がってくる感が強くて、劇作よりも映画やテレビドラマなど映像作品の書き手として秀作を生み出しそうだと感じた。実際、漫画化したら話題性もあってかなり人気になるのではないだろうか。

個人的に私が注目しているのは額田大志「ぼんやりブルース」*4福名理穂「柔らかく搖れる」*5である。ファイナリスト9人のうち、この2作品だけ観劇もしているということもあるが、どちらも注目の若手作家だからだ。この2本の作品はどちらもこまばアゴラ劇場で上演されたが、内容は非常に対照的であった。額田大志に才能があることは間違いないが、筋がほとんどなく、非常に実験色の強いこの作品で賞を射止めることができるだろうかとも思う*6 *7。一方、福名理穂「柔らかく搖れる」は全編広島弁で書かれたオーソドックスな群像会話劇。ノミネートには驚いたが、地域語の群像劇では長谷川孝治も畑澤聖悟も松本哲也も賞には届いてない。松田正隆の「海の日傘」受賞例はあるが、あの作品は特別だった。「柔らかく搖れる」にこの作品で一気に受賞という完成度はあるのかいうと疑問は残る。福名は青年団演出部だが、青年団演出部には他にも俊才が多い。特に宮崎玲奈の名前がないのには納得がいかない。宮崎玲奈の「東京の一日」は2021年演劇ベストアクトに私が選んだが、最終候補作からは漏れた。もっとも当然入るべきと思う作品が入ってないということでいえば、この賞は毎年そうなのだ。昨年は受賞作なしで、最終選考が問題になったが、候補作選考過程により大きな問題があるのではないかと以前から考えている。
 過去の実績も申し分なく、すでに受賞していてもおかしくないという意味で瀬戸内美咲山本卓卓(範宙遊泳)が今回の有力候補ではないかと思う。特に山本卓卓は2018年の『その夜と友達』はその年の演劇ベストアクト1位に選んだ作品で受賞しないのはおかしいと思っていた。ノミネートされた「バナナの花は食べられる」は冒頭部分がYotubeに公開されていた*8ので見てみたが、これが面白くてしかも斬新。上演が2021年4月なのでコロナ感染で観劇を断念したが、最有力候補かもしれない。瀬戸内美咲も実力者で『埒もなく汚れなく』はヨーロッパ企画上田誠の異例のノミネートがなければ賞候補有力といってもおかしくない作品だった。「彼女を笑う人がいても」は新聞記者と安保闘争についての物語のようで、この種の作品は評価が二分されそう。どこまで政治的メッセージに傾いているのかが評価の是非につながってきそうだ。これも読んでみたい。

小沢道成「オーレリアンの兄妹」
笠木泉「モスクワの海」
加藤シゲアキ「染、色」
瀬戸山美咲「彼女を笑う人がいても」
額田大志「ぼんやりブルース」
蓮見翔「旅館じゃないんだからさ」
ピンク地底人3号「華指1832」
福名理穂「柔らかく搖れる」
山本卓卓「バナナの花は食べられる」

simokitazawa.hatenablog.com

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:もちろん、すでに受賞していておかしくないと思っている綾門優季、玉田真也、山田百次、伊藤毅ら男性作家もいる。

*4:simokitazawa.hatenablog.com

*5:simokitazawa.hatenablog.com

*6:深津篤史「うちやまつり」の例もあるから可能性がないとは言い切れない。

*7:平田オリザが選考委員から外れたが、青年団の若手には今後候補に入ってきそうな若手が多数いるという理由からかもしれない。事実劇団員の作品については積極的には議論に加わらないという姿勢を貫いていたことから逆に不利ではないかという観測もあった。

*8:www.youtube.com